ミステリー作家・藤岡真のみのほど知らずの、なんでも評論

ミステリー作家・藤岡真の視点から、書籍、映画、ゲームなど色々な「表 現」について評論したいと思います。

机上の彷徨

このページでは、ミステリ作家の視点から、書籍、映画、ゲームなど色々な「表現」について評論したいと思います。

           「謎」の解像度(2008/05/05)


 
            ミステリの完成度

             遠藤

 おっと、びっくりしました。
 円堂都司昭さんの新作書評集『「謎」の解像度』を読んでいたら、小生の名前が出てきたんだもの。
 有栖川有栖の『女王国の城』と米澤穂信の『インシテミル』を俎上に上げて、小生が『インシテミル』に厳しい言葉を浴びせているという内容で、それは間違ってはいないのですが。しかし、どうも、話がミステリの 完成度という秤になってくると、うーんとクビを捻ってしまうのです。
 小生が『インシテミル』に辛い点をつけたのは、“完成度”以前に、設定を謎と考えないという姿勢に対してなんですね。

 分かりやすい例として、シャーロック・ホームズの『赤毛組合』を挙げて論を進めてみましょう。
 『赤毛組合』の謎は、なんで赤毛の人間を公募して、つまらない労働に従事させたか(さらになんでいきなり解散したか)という「設定」だったと思うのです。採用された赤毛氏がなんで百科事典の丸写しを指示されたかは、謎ではなかったはず。つまり、百科事典じゃなくてロンドンタイムスじゃなかったのはなぜなのか、なんて疑問は提示されませんでした。
 『女王国の城』の謎も、なんでこんな閉鎖空間に閉じ込められなければならんのだ、というのがメインの謎で、そこで発生する連続殺人事件は、その謎に付随する「コンテンツ」にしか過ぎないと思うのです。
 ところが『インシテミル』は、設定は置いといて、そのコンテンツの謎解きがメインになる。まさに「百科事典なのはなぜだ」という謎なのですよ。
 明かされた真実が、『女王国の城』では素晴らしい謎解きとミスディレクションを提示してくれているのに比して、『インシテミル』の場合は到底納得できないお粗末なものでした(いっそ、狂人の企んだことと言われた方が、納得はできないけど、許せたと思います)。
 ネットでこうしたミステリを「パズルなんだから、その点は関係ない」といった趣旨で擁護した意見が多数見られたのには呆れましたね。

 暴言を吐きたいところだけど、やめておきましょう。

 ま、こうした瑕疵も「完成度」に係わるというならそのとおりなんですが。


             入稿(2008/05/02)



          やっと新作をお届け出来そうです。

 創元社の編集から電話があって、連休明け早々に打ち合わせして、例の原稿を入稿したいとのこと。夏から秋にかけての刊行のために急がねばということでした。引越しも終了し、新たな業務も動き出すことになり、また忙しくなりそうです。

 なお、皆様注目の“例の件”に関しては、コンプライアンス上の理由から、その首尾に関して一切発表は出来ません。粛々と進行しているとしかご報告出来ません。悪しからず。


          静岡最後の夜(2008/04/25)



  昨夜は、静岡トップセンタービルB1の「ミュンヘン」でお世話になった皆々様をご招待してのパーティ。100人近く集まったかしら。

 で、その後は「L」で乾くるみさんと呑みました。新作長編も期待できそうなお話。

 酔った勢いで例の、杜撰雑学王の話に及び、理学部数学科卒の乾さんと理工学部電気工学科卒の小生、唐沢俊一の理科系的センス皆無のガセビアで盛り上がりました。
 カラオケ一曲。「クラリネットを壊しちゃった」。

 これはガセビアがらみじゃなくて、「クラリネット症候群」からみで。

 さて、そろそろ日通がくる時刻だ。


            宇宙戦争(2008/04/23)



 ご親切な方がメールを下さった。

 『わが闘争』のエントリ中で示した、“The War of the Worlds”の表紙イラスト。あれは地球制服をせんと登場した火星人の姿ではなく、ラスト地球の細菌に死滅してしまった火星人の姿なのだそうだ(表紙でネタバレしてるわけですね)。本来は国立科学博物館の画像のように立っているのだが、死んで倒れている姿なのだとか。

 しかし、どちらにせよ、いやだからこそ、立って歩くタコだと思っていた人間だ、あのイラストを見て、タコと言うよりクラゲじゃんと思う可能性は高いのではないかしら。

 ところでよく見ると、この表紙イラストの火星人(の死体)、目と口、それに触手の位置からして、烏賊のように見えるんだが。


             わが闘争(2008/04/21)



          ヒトラーは『宇宙戦争』を読んだか。

          上下

 唐沢俊一の著作『キッチュワールド案内』(早川書房)の9ページに、ちょっとユニークなヒトラー論が書かれている。その部分を引用しよう。

 彼の著書『わが闘争』の中で、たぶん、もっともユニークな表現なのが、ユダヤ人のことを“地球を落とし込もうとしているクラゲ”とののしっている部分である。 ヒトラーはクラゲが嫌いだったのだろうか。それにしても、クラゲが地球をねらうイメージというのは何か?
 無責任に想像をめぐらせれば、ウエルズの『宇宙戦争』を若き日のヒトラーが読んでいて、あの火星人の姿形をタコでなくクラゲと見て、それをユダヤ人にあてはめ、“地球を落とし込もうとしている”という
イメージで言葉にした、とも思える。


“地球を落とし込もうとしている”というのは妙な言葉だが、唐沢は語彙が貧弱な分、造語で補うきらいがあるので、ここでは突っ込まない。問題は「クラゲ」という語から、なんでいきなりウエルズの『宇宙戦争』を連想したのかである。

『わが闘争』の中で、「クラゲ」という言葉が使われているのは二箇所である。角川文庫版(黎明書房版の改訳;平野一郎、将積茂 訳)から、引用しよう。一箇所は第二章「ヴィーンでの修業と苦悩の時代」の中の“ユダヤ的詭弁”という文章。(角川文庫版の)上巻102ページから引用する。

 くらげのような粘液で手をつかみ、くらげのような粘液が指の間をすべりぬけると、次の瞬間にはふたたび合流して結合する。

 ユダヤ人は争いに負けそうになると、一転馬鹿を装い、すり抜けるという主旨の文章の中の言葉である。「くらげのような粘液」であって、「クラゲ」そのものではないが。
 もう一箇所が、問題の、唐沢が引用した部分で、第十三章「戦後のドイツ同盟政策」の中の“ユダヤの反独的世界扇動”と題された文章。下巻349ページから引用。

 わが民族および国家が、この血と貨幣に飢えているユダヤ人の民族暴虐者の犠牲に供されれば、全地球はこのクラゲどもにろう絡されてしまうだろう。

 ここでは何故か「クラゲ」と片仮名だが、ここは翻訳者のミスだろう。ここでの主旨は、マルキシズムとユダヤマネーで世界制覇を企むユダヤ人(ヒトラーはフリーメーソンもユダヤ人に乗っ取られていると主張している)に抵抗しているドイツがユダヤに乗っ取られたら、世界はユダヤのものになってしまうという内容である。
 で。
 いくらなんでも、これが『宇宙戦争』から書かれた文章というのは乱暴じゃないか。だって、ウエルズの火星人はクラゲじゃなくてタコだろう。
 あなたは、そう思わなかったか?

           火星人火星の八ちゃん

 ウエルズの火星人の一般的なイメージは左ではないか(国立科学博物館の画像)。だから前谷惟光は『火星の八ちゃん』で右のようなキャラクターを創造したのだろう。唐沢も同様のイメージを抱いていたのではないか。
 ところが、実際にウエルズが考えていた火星人は―

           火星人

 なんである(H・G・ウエルズ画)。

 因みに、初版本の表紙は―

           宇宙戦争

 火星から地球を占領に来た火星人の図というより、海産物を輸送中のトラックがひっくり返って、積荷のなんかしらんブヨブヨした生き物(クラゲ)が撒き散らされたというような画ではないか。
 恐らく、唐沢はこの画を見て、これではタコじゃなくてクラゲじゃないかと思ったのではないか(目に見えるのは傘の模様)。その想いを、ヒトラーの文章を読んだときに思い出し、年代をチェックすればなんとか当てはまるとなり、あんな珍説を書いたのではないかしら。

『わが闘争』の中でユダヤ人は「ペスト菌」「吸血虫」「吸血鬼」「寄生虫」「毒蛇」「まむし」「死体の中の蛆虫」にたとえられ、「クラゲ」なんか生易しい方なのだ。


         インチキ科学の解読法(2008/04/19)



             彼我の差に涙


              インチキ

 マーティン・ガードナーを最初に読んだのは、中学生時代だったかしら。『自然界における右と左』(紀伊國屋書店 1971年)は学生時代の愛読書だった。本当に息の長い方であります。
 本書は、ガードナーの真骨頂、「インチキ科学」を検証し、ブッた斬るという痛快な書であります。
 「と学会」がわが国でも同様のことをしていますが、奇矯というか狂人というか、余程の馬鹿じゃなければ信じないトンデモ本を斬るのとは異なり、ガードナーが俎上に上げるのは、「ベツレヘムの星」「フロイトの夢判断」「さまよえるユダヤ人」といった、トンデモと見做されてわけではない事象から、「カニバリズム」「リフレクソロジー」といった、考えもしなかったもの、そして、お馴染みの「UFO」「自由エネルギー」といったもので、それを凄まじいまでの教養と知性で、バッタバッタと切り捨てていくんであります。
 それは大槻教授のヒステリックな科学信仰とは全然違う、冷徹で科学的な姿勢。そして、世界は「トンデモさん」が考えているより、ずっと素晴らしいものであることをも暗示してくれるのですね。
 
 ガードナーが所属しているCSICOP(サイコップ)には、フランシス・クリック、マレー・ゲルマン、スティーヴン・ジェイ・グールド、アイザック・アシモフ、カール・セーガン、そして、ユリ・ゲラーとの訴訟問題で団体運営に支障をきたさない様にと脱会した、ジェームズ・ランディといった、碩学の名に恥じない面々が所属しています。
 Wikipedia サイコップから。

 もしも、「と学会」が、こうした人たちに、自分たちの組織を紹介するとき、重要な構成メンバーに唐沢俊一のような、ガセとパクリで成立している、無教養で無能な卑劣漢が混じっていることをどう説明するのだろうか。これは皮肉ではありません。素朴な疑問です。

 『インチキ科学の解読法』 マーティン・ガードナー 太田次郎 訳 光文社 2004


          クラリネット症候群(2008/04/18)



          とんでもない設定意外な解決


          イニクラ

 さて、書影左は、あの『イニシエーションラブ』であります。これは文春文庫版ですが、マニアックなミステリファンばかりでなく、小生の息子、娘のような普段ミステリなんか読まない(親父の本は強制的に読ませる)連中までが、嬉々として読んだのであります。
 さて『リピート』に続き、今回は新作のオリジナル文庫版『クラリネット症候群』が発売されました。まあ、シリーズ物かと見紛うばかりの表紙レイアウトなんですが、なんとこれ徳間文庫なんであります。
 文庫で乾ファンになった読者にとって、「あら? 乾さんの新作だ!」ってことで分かり易くて非常によろしいんでしょう。でも、イラストの図柄、レイアウト、ロゴタイプ、ここまで踏襲すると、そんな分かり易さより、間違えて買うことを期待したと言われても弁明のし様はないんじゃないでしょうか。
 いや、便乗本の真似っこってのは、みっともないけど、そんなに珍しいわけではない。よくありますね、なんでもかんでも「トンデモ」と付けりゃいいみたいな。しかし、今回は正真正銘の「乾くるみの新作」なんだから、そんな謗りは受けないとは言え、これって、乾さんに失礼なんじゃないでしょうか。
 どうして、自分の新作を自作のバチモンみたいにして売らにゃならんのか。

 一緒に収録されている『マリオネット症候群』を読み直して、改めてこの作者のしたたかぶりに舌を巻きましたが、新作『クラリネット症候群』の方は、なんだってこんな設定思いつくのよというお話。しかも、例の『クラリネットを壊しちゃった』に倣った暗号小説でもある。と言っても、そこは暗号そのものよりも(28文字自粛)。前半でさりげなく張られた伏線が、後半に大胆に回収される手腕に唸らされます。しかも、『マリオネットの―』斬って捨てるようなラストと違い、こちらは……。
 なにも、『イニシエーションラブ』に引っ掛けて売らなくてもと思いますが、この世界売れたが勝ち(某編集者の言)だそうですし。

『クラリネット症候群』 乾くるみ 徳間文庫 2008


              東京読書 (2008/04/15)



            少々造園的心情による

               東京読書

 あの名作『東京本遊覧記』(晶文社)の著者、坂崎重盛による東京本紹介の第二弾であります。
 このお方の本棚を覗いてみたいもんである。まあ、一口に東京本と言っても、様々だろうが、小説、詩集、エッセイからマンガ、写真集、ビジュアル百科、果ては歌謡曲集まで、よくもまあ、網羅したものである。といって、総花的な羅列ではないし、手駒に詰まって、奇なるものを並べているわけでもない。
 一読、感心したのは小説で、『濹東綺譚』『武蔵野夫人』なんかはすぐに頭に浮かぶけれど、漱石の『それから』『草枕』や二葉亭四迷の『あひゞき』林扶美子の『放浪記』といった作品を東京本という見地から語るのも、わたしには新鮮だった。
 そして、その『濹東綺譚』の永井荷風の晩年を、石川淳は『安吾のいる風景/敗荷落日』の中で

 「晩年の荷風に於て、わたしの目を打つものは、肉体の衰弱ではなくて、精神の脱落だからである」「晩年に書いた断片には、何の奇なるものも見ない。ただ愚かなるものを見るのみである」

 と斬って捨てている。その『安吾のいる風景/敗荷落日』も一冊の東京本として紹介され、著者は―

 私は石川淳のこの「峻厳のスタイル」に、淡い、しかしはっきりとした“違和感”を抱く。

 と「イチャモン(著者の言)」をつけている(永井荷風に対する意見に対してではなくて、「公害」や「高速道路」で向島を捨てた態度に対して)・
 本書が優れた「東京本」であることは(「自身を含む集合」だね)、読んでいて街を歩いている気分になり、そうして、本当に歩き出したくなることでも明らかだ。私事だが、わたしは本書を散歩中に購い、市井の小体な蕎麦屋で、板わさを肴に冷をちびちびやりながら読んだ。至福のときでした。

 意識して集めたわけでもないが、わたしの書棚にも「東京本」は溢れている。以前も紹介したが、たとえばー

『下駄の向くまま 新東京百景』滝田ゆう
『江戸のあじ東京の味』加太こうじ
『東京イワシ頭』杉浦日向子
『私説東京繁盛記』小林信彦・荒木経惟
『生粋の下町 東京根岸』北正史・沢田重隆
『明治・東京時計塔記』平野光雄
『東京本遊覧記』坂崎重盛
『東京の下層社会』紀田順一郎
『わたしの東京』安藤鶴夫
『江戸東京 街の履歴書 番町・九段・麹町あたり』斑目文雄
『台東 下谷町名散歩』小森隆吉
『東京コンフィデンシャル』高瀬毅
『谷・根・千百景』石田良介
『東京探検』江国滋
『私の銀座昭和史』水原孝
『東京歳時記』安住敦
『東京漂流』藤原新也
『東京気侭地図』神吉拓郎
『東京地名風土記』浅井得一
『ぼくの昔の東京』赤瀬川原平
『青春の東京地図』泉麻人
『乱歩と東京』松山巌

 さらに、川本三郎の一連の著作、『荷風と東京』『東京残影』『東京おもひで草』『私の東京町歩き』『東京万華鏡』『東京の空の下、今日も街歩き』。
 冨田均『乱歩「東京地図」』『東京徘徊』『東京私生活』『私を愛した東京』『東京坂道散歩』
 なんて書名が目に入ってくる。そして、本書に紹介されている書籍の半数ほどは所持しているか既読である。にもかかわらず。それでもなお知らなかった「東京本」が半数を占めているのだよなあ。
 これは、驚きであり、同時に喜びでもあります。

『東京読書』 坂崎重盛 晶文社 2008


     裏モノ日記・パクリと知ったかぶりの20年(2008/04/10)



         プロ中のプロが語るパクリの真髄


          裏モノ

 いやあ面白い面白い面白い。ここまで「パクリ」に突っ込んで書かれた本は今までなかったろうな。なんせ、斯界の第一人者が、己の経験をもとに語っているのだから、これまでの類書とは説得力が全然違う。
 著者によれば、「アマチュアが主催しているサイト」「著者が故人で訴えられる恐れがない著作」からパクルのがコツであるらしい。アマチュアの場合は、自分が有名人であるという立場から、とにかく謝るふりをして言いくるめる。著名人のわたしがこんなに良心的に謝罪しているのだから、あんただってそれなりの誠意を示しなという盗人猛々しい態度、相手がそれに従わないとみるや、弁護士を前に立てて恫喝すれば完全だとか。
 また過去の書物からの盗用は、そもそも指摘される危険度も低いし、露見したところで「親告罪」じゃねえかと、これまた開き直れるという利点があるらしい。
 この書で物足りないのは、得意技の「パクリ」に大幅にページが割かれたため、雑学、一行知識関連書の「パクルのも面倒くさいので、ただの出鱈目を書く」というもう一つの得意技が封印されているところか。その点は、是非、続編を期待したいところである。

『裏モノ日記・パクリと知ったかぶりの20年』 唐沢俊一 エア新書 2008


           蜃気楼(2008/04/09)



             ゾッとするね。

 東京と静岡を行ったり来たり。今月はこんなことで過ぎるのであります(多分)。

 東京行きに乗って、うとうとしていて、三島の手前でふと目を覚ましたら―

 伊豆半島

 ええ!? あんなところに、あんな高い山あった? あそこは海のはずだし。と思ったら、駿河湾の向こうの伊豆半島が、こんなにはっきりと見えているのね。突然強大な山が出現したようで、思わず、ぞっといたしました。

 気象庁始まって以来の大雨だったらしいが、丁度、雨雲の無いところ無いところと移動していたようで、全然雨に逢いません。

 TENQOON

 東京駅に到着。

 ホテル メトロポリタン丸の内27Fのレストラン&バー「TENQOO」からの眺望。
「TENQOO」のバーテンダーは、かつての東京ステーションホテルのバー「カメリア」のバーテンダーだった杉本寿氏(拙著『ギブソン』の献辞参照)。


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