ミステリー作家・藤岡真のみのほど知らずの、なんでも評論

机上の彷徨

このページでは、ミステリ作家の視点から、書籍、映画、ゲームなど色々な「表現」について評論したいと思います。

        アントン・カラスと『第三の男』(2009/04/24)




 モーリス・ジャールの話をしていたら、話題があっちに飛びこっちに飛び、ついに『第三の男』の話になったことは17日のエントリに書いた。
 書庫の一部(映画、オカルト、犯罪)の整理が付いたので、ざっと探してみたら、早速こんな本が見つかった。
 
第三の男
『激動のウィーン『第三の男』誕生秘話 チター奏者アントン・カラスの生涯」 
 内藤敏子 マッターホルン出版 2001

 実はざっと目を通しただけで、ちゃんと読んではいなかった。表紙の印象から、てっきり『第三の男』のメイキングについて書かれた本だと思っていたので、パラパラ読んで「なんだ、カラスの話なのか」と閉じてしまった記憶がある。
 著者の内藤敏子は日本チター協会会長でチター奏者。生前のカラスとも面識のあった内藤は、カラス家を訪れ、「アントン・カラスの生涯と業績、『第三の男』とチター音楽に関する正しい記録を残す意義と必要性」を説いて、カラスの長女ウィルヘルミネ・チューディックから貴重な(しかも膨大な)未公開資料を提供される。内藤はウィルヘルミネ(愛称ミミー)と親しく付き合い、インタビューして、今まで一般には知られていなかったカラスの逸話を訊き出していく。
 著者の人柄とミミーとの信頼関係が行間から伝わって、本作は心温まる好著になった。カラスはウィーンと家族をこよなく愛していた。作曲と録音でロンドンに長期滞在していたとき、カラスは言葉、食事、習慣の違いに戸惑い、かつ思ったように曲想が沸いてこない葛藤の中、毎日家族に電話をかけ、膨大な絵葉書を送る。そして、映画が完成しプレミア試写会が終了すると、カラスはウィーンにとって返し、家族との再会を喜び合い、キャロル・リードが懇願したカンヌ映画祭への同行をも断ってしまう。家族を愛した実直な天才、カラスの人物像が見事に浮かび上がる。
 しかし、当然のように『第三の男』がカンヌ映画祭のグランプリを受賞すると、カラスの想いとは関係なく、カラスは時代の寵児になってしまう。ローマ法王ピオ12世に招かれ演奏したり(カソリック信者のカラスにとってのこの栄誉は想像に難くない)、英国王ジョージ6世に招かれたり、やがて世界中からリクエストの声が挙がると、カラスは何ヶ月も家を空けて、世界中をコンサートで回るようになる。
 世界で大成功を収めた後、カラスは自分のホイリゲ(ウィーン独特の、ワイン&ビールの居酒屋)を開業する。ヨーロッパを始め、アメリカ、日本からも客は詰めかけ、店は大繁盛した。当時訪れた有名人は、キャロル・リード夫妻、オーソン・ウェルズ、ジーナ・ロロブリジタ、ロミー・シュナイダー、そして、トニー・ザイラーを初めとする地元オーストリアの著名人。シェーフ大統領、フィーゲル首相etcetc。カラスは乞われるままに「ハリー・ライム」のテーマを演奏し、そして、古いウィーンの調べも必ず弾いて、オーストリアの文化の紹介に余念はなかった。思えば、この頃が、カラスの人生のピークだろう。
 1965年、カラスは12年続けた店を閉めた。あちこちのホイリゲからの要請で、演奏会を開き店を空けることが多くなった。海外からカラスの演奏を楽しみに店を訪れる客の期待を裏切ることも一度や二度ではなくなり、それが理由だったという。
 カラスの余生はつつましいが幸せなものであった。1976年、無二の親友キャロル・リードを失うという悲しみもあったが、カラスはロンドンで執り行われた葬儀に出席し、45分間のチター演奏を行った。二ヵ月後カラスはウィーン州政府から、金の功労賞を受け、親友マティンコビッチのホイリゲで70歳の誕生日を祝った(カラスはリードと同い年だった)。    
 1980年カラスは病を得る。マルボロをこよなく愛したヘビースモーカーカラスの病名は、肺癌だった。
 そして、1985年、アントン・カラス永眠、享年78。
 遺体は、ウィーン市名誉市民墓地に弔われるはずだったが、生前のカラスの強い願いもあり、地元シーフェリングの墓地に葬られた。ウィーン市はその永久管理を申し出た。

 幸福な生涯。まさにこの言葉に相応しい人生だった。

 わたしは、本書を閉じ、そう思った。だが、しかし、実は気になる点があるのである。
 もう一冊のカラスの伝記本の存在である。


アントンカラス
『滅びのチター師 「第三の男」とアントン・カラス』

 軍司貞則 文藝春秋 1982(書影は文庫版)

 軍司貞則は著名なノンフィクション作家だが、ウィーン大学で学んでいた1977年から79年に取材した資料をもとに本書を書いた。アントン・カラス本人にも取材している。結論から先に述べよう。2部構成の本書、第1部「栄光のチター」は内藤の著作とほぼ同様の内容だが(ミミーに取材した内藤のほうが、多くの生の情報を得ている)、第2部の「抹殺されたカラス」は全く別の人生を語っている。それは、失意と挫折の人生なのだ。これはどういうことなのだろうか。
 第2部「抹殺されたカラス」は、カール・クラールという自動車教習所の指導員の話から始まる。クラールは元ジャズドラマー、ウィーンのアパートで軍司の1階上のフロアに住んでいた。クラールは軍司の飲み友達で、ある日(1978年の4月)、たまたま話題がアントン・カラスに至ると、クラールはカラスがチター奏者であること以外はなにも知らないという。まさか。軍司は追及した。クラールは本棚から、音楽辞典や音楽家名鑑を取り出し、それらにアントン・カラスのことが一行たりとて書かれていないことを示してみせる。さらに『第三帝国から第三の男まで』という大著には、キャロル・リード、オーソン・ウェルズ、アレキサンダー・コルダ、その他『第三の男』に関して詳しく紹介され、ロケの写真もふんだんに載っていたが、アントン・カラスの名前はどこにも載っていなかった。
 軍司は信じられず、ウィーンの目ぼしい本屋を片っ端から当たった。「アントン・カラス」に関して、一行でも書かれている本はないか」。しかし、そんな本は一冊もなかった。
 かくして、軍司はその理由を探るべく調査を開始する。
 さて。
 ここで、わたしは首を捻る。『第三の男』はカンヌ映画祭でグランプリを獲得した映画だが、オーストリア映画ではない。舞台はウィーンだが、主役はアメリカ人、登場するオーストリア人は、怪しげな医師と没落貴族(いずれも犯罪者)。オーストリア人にとって気持ちのいい映画ではなかったことは容易に想像がつく。
 乱暴な喩えだけど。
 1949年に終戦直後の日本を舞台にしたアメリカ映画が作られ、主役はアメリカ人、日本人にはけちな犯罪者の役しか振られず、ただ音楽を担当した津軽三味線の奏者だけが有名になった。1978年の時点で、その三味線弾きの名前がなおも有名かと考えれば、誰も知らなくたって不思議ではないのではないか。ましてや、オーストリアといったら、モーツアルトをはじめブルックナー、シューベルト、マーラー、ヨハン・シュトラウスを生み、世界一のオーケストラ、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団を擁する“クラシック音楽”国なのだ。三十年後にホイリゲのチター奏者の名前が忘れられかけていても仕方ないだろう。普通にそう思わなかったのだろうか。
 しかし、軍司は、カラスの名が忘れられたのには、他の理由があるのではないかと考える。そして、一つ明らかになったのは、一躍有名になりホイリゲの経営者となったカラスへの周囲のやっかみだった。カラスはホイリゲの営業免許を土地、店舗もろとも買い取ったのだが、その名義の書き換えがなかなか許可されなかった。カラスは無免許のまま営業を続ける。店は“海外”からの客で連日満員になり、周囲はますますそれを妬んだ。そして、無許可営業を理由に、開店4か月で店は営業停止処分を受ける。カラスは営業停止命令を無視して営業を続けるが、遂には司直の手が及び、千シリングの罰金を科せられる。そんなことが2回続き、怒ったカラスは時の首相に直訴するが撥ね付けられ、首相事務所(と軍司は書いている。そういうものがあるようだ)で、罵声を飛ばしドアをドンドン叩いたという。それでますます反感を買った。
 最終的にカラスは営業許可を得るのだが、完全に周囲からは孤立し、村八分状態だったという。これが事実なら、内藤敏子が描いた平穏で幸福な日々とは、丸っきり違う。多分、ミミーから聞いた話の中に、こうした内容は含まれていなかったのだろう。確かに、ホイリゲを閉めた理由には釈然としないものがあった。

 さらに軍司は、図書館で『第三の男』を繰り返し見て、あることに気付く。
 それは映画の後半部「マルク・オーレル・カフェ」のシーンで流れる音楽のことだった。
 軍司はこう、書いている。
 
 再び不気味な低音部を生かした東洋的なメロディが挿入され、緊張がより高まる。
 このメロディーは「第三の男」(ママ)の軽快さ、「カフェ・モーツァルト・ワルツ」の優雅さとまったく趣を異にしていた。この曲だけが異質なのだ。それでいて妙に心にひっかかる。私の魂をグイグイ揺さぶる。

(文庫版152ページ)

 軍司はその音楽をテープに録り、チター製造者ヨハメス・ホーファーを訪ねる。ホーファーはこのメロディを聞くや否や、

「これはチゴイネルのメロディです」
(155ページ)
 
 と言った。サラサーテの名曲「ツィゴイネルワイゼン」を引き合いに出すまでもなく、これはジプシーのメロディだというのだ。そして、ホーファーは,カラスという姓はハンガリー系だから、先祖にハンガリー人がいるではないか。それなら、チゴイネル(=チャルダッシュ)のメロディに親しんでいても不思議はないと指摘する。つまり、これはカラスの“血”の成せる業だ。
 軍司は直接、アントン・カラスを訪ねる。そして、あの曲はチャルダッシュではないのか、そして、先祖は東欧系なのではと尋ねるが、この質問は二つとも否定された。
 同じ音楽に関して、音楽家の内藤敏子は、こう解説している。

 アンナ(註;この映画のヒロイン、ハリー・ライムの愛人。アリダ・バリが演じている)はチェコ人。東欧の人。舞台はウィーン。この場面で奏でられる東欧風メロディーは、この場面だけに登場する。東欧人のアンナがウィーン人を愛した。愛すればこそ東欧人の血が目覚める。アンナの民族の心を、映画の集結(ママ)近くでカラスは奏でたのだ。アンナとハリーの最後の場面だ。キャロル・リードとアントン・カラスの計算された演出が素晴らしい。
(巻末資料21ページ)

 音楽の専門家の内藤は、このメロディーを東欧(チェコ)のものと理解し、そこにカラスの巧みさを見ているのが分かる。軍司はカラスの出自に結び付けたかったようだが、わたしは内藤の肩を持ちたい。カラス本人が否定しているのだし、それが自然だろう。
 軍司はこの章の大部分を割いて、カラスがハンガリー系だったので差別されたのではないかと推理する。実は、第1部「栄光のチター」から繰り返し使われているフレーズがある。それは「身長160センチのカラス」というもので、「身長190センチのキャロル・リード」との対比ばかりでなく、ちょっとしつこいくらい登場するのだが、その理由はなんとなく分かる。カラスがハンガリー系と推理する一文にこんな行があるのだ。アンリ・V・ヴァロアの「人種」(寺田和夫訳、白水社)から引いたアルプス人種(チェコ人、ハンガリー人)の特徴なのだが、

「身長1・63―1・64メートルで低い。身体はずんぐりしていて、太り気味、胴が長く、四肢は短い」
(176ページ)

 カラスが短躯なのはハンガリー人の血を引いているから。その伏線のつもりで繰り返したのだとしたら、いささかあざとい感も否めない。というのは、内藤敏子がこんなことを書いているからだ。

「父の家系は、祖父の父がハンガリー人の医者だったと聞いています。母方は皆ウィーンっ子ばかり。これはウィーンの街では大変めずらしい事です。誰もがウィーン人と思っているウィンナーワルツの生みの親ヨハン・シュトラウスもハンガリー人です」
(26ページ)

 軍司は手を尽くして、カラスの血の秘密を探ろうとした(それが差別の根源だと思ったからだろう)が、実の娘があっさりとハンガリー系と認めているのだ。

 2冊の本を読んで、わたしなりに分かったことを最後に記す。

『激動のウィーン「第三の男」誕生秘話 ――チター奏者アントン・カラスの生涯』
 身内しか知りえない逸話の数々は貴重である。しかし、父親の幸福な人生を信じたい娘が、不幸な事実を完全にカットしてしまったため、読後感は素晴らしいが、砂糖菓子のように甘く描かれてしまった感がある。。
『滅びのチター師 「第三の男」とアントン・カラス』
 民族差別という社会問題からカラスの生涯を描こうとしたのだが、それには余りに無理があると思う。しかし、カラスがウィーンでは決して愛されてはいなかったという事実には驚かされた。

 そして、カラスが今、ウィーンの地で忘れられているということは至極当たり前のことなのだ。そう思う。


           ガンダムと言えば唐沢俊一(2009/04/24)



 「ガセとパクリの定期便」でちらと紹介した、「岡田斗司夫のおたくWeekly」(裏の目コラム)も、唐沢のネタが満載だったので、チェックしてみた。

唐澤●だから全部は観られないんだったら、誰かがこれとこれだけは観ろということを教えなくちゃいかんですね。ガンダムだって全部観る必要ないでしょ。それを全部観なくては話にならん、というからオタク文化は疲弊する。押さえとくべきものを押さえとけばOK、という考え方にしないと、全部はとても観られませんよ。そのあたりでスターウォーズシリーズとかが未だに流行っているのは当たり前で、全作やったところで一晩でオールナイトで全作観られちゃうっていう。あのあたり手ごろな良さですよ。そこらくらいの知識を基盤にした上で、次作につなげていく。それが日本は下手なんです。新作ガメラ、結構なんだけど、旧作の、あの♪ガメラ~ガメラ~っていう主題歌をどっかに流す、っていうところあたりで残して繋げていかないと。

 わ! こいつは本当の馬鹿だ。「全部観る必要ないでしょ」ってどういう意味なんだよ。こいつは、オタクになるためには、その必要十分条件ってのがあって、コレとコレを抑えていれば、とりあえずオタクと認定されると思ってるらしい。しかも、それを認定するのは自分だと言いたいようだ。
 バッカだね~。オタクってものは、その“濃さ”を誇るもんじゃないのかい。「ウルトラマンオタクですが、レオは見てないんですけど」「ああ、あれは黒歴史ですから、見ないでもオK」なんて言うとでも思ってるんだろうか。いや、この発言は、今ごろになってガンダムについて語りたいと思っていながら、ガンダムを全部見てはいない自分の弁明に過ぎないんだな。

 唐沢俊一検証blogへのわたしのコメントに対して、kensyouhanさんがこんなコメントを返してくれた。

 個人的には唐沢が第2期ウルトラシリーズを見ているかどうかが気になります。昔は第1期だけ持ち上げていれば大丈夫だったんでしょうけど、最近では第2期も評価されてきてますから、ちゃんと見ていなかったとしたら、そのうち大変なことになるかもしれませんけどね。

 第2期の話で突っ込まれたときも、「全部観る必要ないでしょ」で逃げ切る気なのかしら。まあ、この先、あらゆるジャンルで、“雑学王”のスカスカぶりが曝されていくだろうから、この馬鹿のお手並をみ拝見するとしよう。


         知的財産管理技能士(2009/04/23)




 えー、
 
 以前、国家試験を受けるのだと大騒ぎしていたのを、ご記憶の方もいらっしゃると思います。

 3月8日に試験を受けて、合否発表が、なんと作日の10:00AMで御座いました。

 学科、実技ともに合格で、晴れて「知的財産管理技能士」となりました。

 ほっとしました(落ちたら大恥だよね)。

 さて、呑みにいこうかな。


    ぜんぜん無知無知カタツムリ(筒井康隆)(2009/04/23)



 唐沢の滅茶苦茶な誤読振りは、はっきり言って名人芸の域に達している。そこを買われて朝日新聞の書評委員に起用されたのか。その役目は充分に果たせていたな。

 2ちゃんねるにもロラン・バルトの『表徴の帝国』を思い切り誤読して言いがかりをつけている、唐沢の日記が紹介されている。

 624 :無名草子さん:2009/04/22(水) 13:25:47
『トンデモ本の世界U』(楽工社・刊行日 2007/09/27)で唐沢は、ピーター・ ミュソッフ著『ゴジラとは何か』を取り上げている。外国人が他国の文化を研究する際、よほど広範な知識がないと的外れになることを 指摘し、その例としてロラン・バルトの『表徴の帝国』を挙げている。
↓その内容は、この2002年の日記からのほぼ丸ごと流用だった。 http://www.tobunken.com/diary/diary20020705000000.html
『表徴の帝国』については、日本論を書こうとしたのではなく日本を使って エクリチュールの問題について書いたと著者が前置きしている。それを唐沢が理解していないための誤読がみられるが、それは措いといて…唐沢の文中の『表徴の帝国』からの引用部分だが、書名(訳書のタイトル)と 原著の発行年のみ記されていて、訳者や訳書の発行年・出版社等の記述は無し。 引用された文章は、別の章の意味の異なる文を勝手に合成し改竄されているので、結果『表徴の帝国』の本来の文とは意味が違ってしまっている。ちくま学芸文庫『表徴の帝国』(訳・宗左近)中の該当部分と比較してみてほしい。


 そこで、URLが掲載されている2002年7月5日の裏モノ日記を読んでみたのだが、ロラン・バルトとは全く関係ない、別のガセ(無知)ネタを見つけてしまった。

 パンチョ伊東氏死去の報。棺の中をのぞきこんで髪の毛を引っ張ってみたい、という裏モノは多かろうなあ。パンチョという名は当然パンチョ・ビラから来ていると思われるが、あのメキシコ革命の英雄は本当にデブだったんだろうかな。デブでヒゲのパンチョはウォレス・ビアリーの『奇傑パンチョ』(1937)が定着させたイメージだが、古すぎてこれがストレートに日本人のパンチョイメージだとは考えにくい。ペキンパー脚本の『戦うパンチョ・ビラ』ではユル・ブリンナーが痩せたパンチョを演じていたし。だいたい、メキシコではパンチョというと口ヒゲがシンボルらしいが、伊東氏にはヒゲがなかった。ヒゲ+デブで日本で有名だったのは、『ピンキーとキラーズ』のパンチョ加賀美氏か? そう言えば、日活無国籍アクションの極致とも言うべき宍戸錠主演『メキシコ無宿』では藤村有弘がデブ・ヒゲ完備で中国系メキシコ人(凄い設定)の殺し屋を演じていたが、この役名がもう、当然という感じでパンチョ・サンチェスであった。

 因みに「パンチョ・伊東」はあくまでもニックネームで、本名は伊東一雄。伊東氏はわが社の社員でもあり、社員名簿にも載っていた。プロ野球選手の広告起用に関しては、絶大な力を持っていて、私自身、星野仙一、山本浩二、中畑清の出演交渉をお願いした事実がある。いずれも、電話一本でOKだった。
 さて、気になるのは、この行。

 パンチョという名は当然パンチョ・ビラから来ていると思われる

 ええ! パンチョ・ビラなんて、一体どれだけの人が知っているのかね。しかも唐沢自身「デブでヒゲのパンチョはウォレス・ビアリーの『奇傑パンチョ』(1937)が定着させたイメージだが、古すぎてこれがストレートに日本人のパンチョイメージだとは考えにくい。ペキンパー脚本の『戦うパンチョ・ビラ』ではユル・ブリンナーが痩せたパンチョを演じていたし」と書いているくらいで、全然「パンチョという名は当然パンチョ・ビラから来ている」ことの根拠になっていない。
 さらに「ヒゲ+デブで日本で有名だったのは、『ピンキーとキラーズ』のパンチョ加賀美氏か?」なんて書いているけど、そうだとしても、なんで加賀美邦明がパンチョ加賀美という芸名を名乗ったのか全く説明できていない。
 いや、唐沢と同世代の方なら、隔靴掻痒でイライラしてるのではないか。当時の日本人にとって、パンチョと言ったら、ビラでもなければ加賀美でもない、トリオ・ロス・パンチョスに決まっているじゃないか。リンク先のamazonにも日本で最も人気のあるラテン・コーラス・グループ、トリオ・ロス・パンチョスと書かれている通り、彼らは一世を風靡した。そして、多分、ジェス・オルテガ(プロレスラー)などと並んで、一般の日本人にとって、初めての生メキシコ人だったのではないかしら。
 
 パンチョ

 こんなレコードも出ているのにねえ。リーブルなにわの上では売っていなかったのかしら。


          せっかく参照元を書いたのに(2009/04/21)



           読めないのかしら

 18日の裏モノ日記に妙な記述があった。
 
 あと、フィジー大統領の名前がイロイロ、というのが目についた。フルネームはラツ(酋長の意)・ジョセファ・イロイロ。 イロイロな名前が世界にはあるものである。ただ、イロイロというのは姓ではないらしく、ミドルネーム。 姓はちゃんとあるのだが、フィジーでは姓はあまり重きを置かれず 戸籍に書かれるくらいで普段は使わないらしい。だから、イロイロ大統領という表記は本来おかしいわけで、ファースト・ネームでジョセファ大統領と呼ぶか、あるいは並記で ジョセファ・イロイロ大統領、と呼ぶのが正式のようだ。 イロイロ大統領ではオバマ大統領をフセイン大統領と書くようなものだろう。……とはいえ、記者としては“イロイロ大統領”と書きたい誘惑に勝てなかったのではないか、と想像する。
http://www.njg.co.jp/blog_morioka.html?itemid=759


 珍しく参照元のURLが書かれていて、人間、学習するものだなあと感心して、早速このサイトを見てみたら。

 さて、イロイロ大統領、正式な名前は、“Ratu Josefa Iloilovatu Uluivuda”である。このうち、「Ratu」はフィジー系の族長クラスの称号で、残りが「第一名前,第二名前,姓」という順になっている。フィジー人は「姓」の概念が希薄な国である。このこと自体は特に珍しいことではなく、アジアの非中国文化圏では、姓を使用しない国が多かった。フィジーの大統領も、「Uluivuda」という姓は法律的な時を除いては使用せず、しかも第二名前は省略形にすることが多い。その結果、自らも「ラツ・ジョセファ・イロイロ」と名乗るため、“イロイロ”が名字と誤解されることが多い(記事を書いている記者も理解しているかどうか)。
「森岡浩の 人名・地名おもしろ雑学
 
 せっかく、参照しながら、どうしておかしなことを書くのだろう(改竄癖がついているのか)。日本語がちゃんと読めないのかしら。

 × フルネームはラツ(酋長の意)・ジョセファ・イロイロ
 ○ 正式な名前は、“Ratu Josefa Iloilovatu Uluivuda”である

 × イロイロというのは姓ではないらしく、ミドルネーム
 ○ 「Ratu」はフィジー系の族長クラスの称号で、残りが「第一名前,第二名前,姓」という順になっている

 × ジョセファ・イロイロ大統領、と呼ぶのが正式のようだ
 ○ 自らも「ラツ・ジョセファ・イロイロ」と名乗るため


 ねえ……。森岡浩氏がちゃんと調べて書いていることを、なんだってわざわざいじくってガセにしてしまうのだろう。いかにもというのは、この一文だ。

 イロイロ大統領ではオバマ大統領をフセイン大統領と書くような ものだ

 オバマ大統領のフルネームは、バラク・フセイン・オバマ・ジュニア。つまり、イロイロがミドルネームじゃないと、このネタが使えないからだろうな。オバマのミドルネームがフセインなんてことは、誰だって知っているだろうに。そもそも、イロイロ大統領の第二名前は“Iloilovatu”なんだし。
 唐沢がネットからネタをパクって改竄して、劣化コピーにしてしまう工程が垣間見えたような気がする。


           ガセとパクリ定期便(2009/04/20)




 唐沢が17日の「ガセパク定期便」にこんなことを書いている。

 朝目が覚めたら9時。ぐっすりとよく眠ったもの。 眠れるうちは大丈夫という気もする。星新一氏や赤塚不二夫氏のように何年も眠ったまま死ぬというのも、まあ悪くないかとも思う。

 星新一は何年も眠ったまま死んだのか。これまた寡聞にして知らない。いや、倒れられて意識が戻られぬまま亡くなったとは聞いていたけどさ。検索してみたら、こんな文章に出っくわした。

 その星新一は、十年前からもう小説の執筆をやめていた。千篇のショート・ショートを一生の間に書く、と言っていたのが案外早くその千篇に達してしまい、それで“もうやめた”と執筆をやめ、また『進化した猿たち』でおなじみのひとコママンガのコレクションも“もう飽きた”といってやめてしまう。それを聞いたとき、星新一らしい淡白さだ、と思って笑ったものだが、その頃からもう、執着ということに体が耐え切れなくなっていたのではなかったか。それから聞くうわさが、どれも「眠り病にかかったらしい」「ずっと寝たきりで、頭がはっきりするのは一日数時間のものらしい」「ちょっと驚くくらい老けた」「起居もままならぬ容態らしい」などというものばかりで、聞いていて痛々しい限りだった。古い星ファンの志水一夫氏から亡くなった知らせを聞いたとき、むしろ、これで救われたか、という感じがしたくらいだった。
唐沢俊一の裏の目コラム『星新一追悼』

 星新一は、十年前に筆を折り、「眠り病にかかったらしい」「ずっと寝たきりで、頭がはっきりするのは一日数時間のものらしい」「ちょっと驚くくらい老けた」「起居もままならぬ容態らしい」という状態だという。あくまでも噂という書き方をしているが、これを以って唐沢は「星新一氏のように何年も眠ったまま死ぬ」と書いたのだろうか。
 星新一は1996年の4月に自宅で倒れ、意識が回復しないまま、翌1997年の12月30日に亡くなった。意識不明だったのは1年8か月。「何年も眠ったまま死ぬ」といった状況ではなかった。
 かつて自分で書いた噂レベルの情報を、そのまま事実に変換して「星新一氏のように何年も眠ったまま死ぬ」と書いたのだとしたら……。他人を騙すなら、まず自分からですか。


           恐るべき頭の悪さ(2009/04/20)



      ここまで頭が悪いと、いっそ清々しい(嘘

 a bull pop ワトソン レストレードびいきのシャーロッキアン見習いが綴るぶろぐ というブログがあります。わたしの友人のご子息が心臓移植手術を受けるときに、その募金に対し、下品で無礼な文言を得々と綴ったブログです。その情熱をもっと別のものに向ければ、今よりはましな生活がおくれるのではないかと思うほど、そうした類の募金に関してデータを集め、難癖をつけたのですが、その論旨は一貫していて、給料のいい会社に勤めているのだから、自分たちで賄って、赤の他人に頼むななのです。それに対してここで反論するつもりはありません。こうした輩は理路整然と反論されても、自分が論破されていることすら分からず、単に相手にされたということで喜ぶレベルの人間だからです。
 このブログ主、個人名、企業名を列挙して、寄付を募る人間を詐欺師のように糾弾し、自分はそれに鉄槌を下す正義の味方を気取って大見得を切っていましたが、ある日、こんなことを書きました。

 美談ですね~と感心する前に、あらためて説明しておきましょう。
 ●●さんはテレビ山梨(UTY)の社員です。 以前はネット上にも載っていましたが、「救う会」の本格的活動がはじまるのと同時にUTY社員であるという記述だけ削除しています。
「●●さんを救う会」の会長は、金子元総理の長男で、テレビ山梨のトップです。
「●●さんを救う会」の副会長は、南アルプス市市長です。 昨年十二月の議会で全会一致で、この「救う会」を支援していくと決定しています。 メディアが大々的に取り上げるのも当然です。 ××店長はもちろん、そのこともご存じでしょう。
 さあ、皆さんご一緒に。 美談ですね~。
(伏字、太字は、引用者)

 コピペしただけで魂が腐るような酷い文章ですが、それにしたって、金子元総理はないでしょう。これがケアレスミスでない証拠には、このあと何度もこの金子元総理の名前が出てきます。

 大金がかかるからといわれていますが、たとえば「●●さんを救う会」の会長は金子元総理の長男ですよ。

 テレビ山梨会長で金子元総理の長男が「救う会」会長をつとめているんですから、心配する必要ないでしょうけどね。

 しかもそれを指摘されながら気が付かずに推移して、ある日やっとこんなことを書いたのです。

 有名ミステリー作家の藤岡真さんをはじめとする訪問者の方々に指摘していただきましたが、当ブログで金子だの元総理だの言っていた人物は金丸元副総裁だったようです。 謹んで訂正してお詫び申し上げます。 また、指摘してくださった方々にお礼申し上げます。

 驚きますね。終始上から目線で他人を散々なじり、馬鹿にして、自分が歴代の総理大臣の名も知らなければ、「金丸信」という人物も知らなかったというみっともない事実が露見したというのに、てんから羞じずに、金丸元副総裁だったようですなんてことを平気で書く。
 街頭で政府批判の演説をしている弁士のほっぺたに、バカボンみたいなぐるぐるマークが描いてあるようで、笑う以前に気味悪くなります。普通の人間なら恥ずかしくて半年くらいは立ち直れないことなんですがねえ。
(付記;現在公開されている日記では、当然ながら「金丸副総裁」に書き直されています) 
 こんな人物が、4月13日の日記にこんなことを書いています。

 「ハンチョウ」第一回
 ようやく放送されましたね。
 ドラマ化によって注目度があがったせいか、このブログにも安積班関連のキーワードで検索していらっしゃる人が増えたようです。 必然的に、原作者・今野敏先生の友人である藤岡真氏(博報堂)が当ブログに書き込んだコメントについて、感想やらメッセージやらを時々いただくことが増えましたが、おのおのがご自身で考え抜いた上で結論を出していただきたいです。 心配してくださった方々には心よりお礼申し上げます。
 ただ、今日のひるおびを見て、佐々木蔵之介さんが元広告代理店勤務だというところにひっかかったので検索してみました。
 広告代理店 大広 ……博報堂つながりですか。
 ちょっとげんなり。
 テンションさがりまくりですけど、気を取り直してドラマについて盛り上がってみましょう。


 はて。今野敏先生とわたしが友達だという理由で、「必然的に~藤岡真氏(博報堂)が当ブログに書き込んだコメントについて、感想やらメッセージやらを時々いただくことが増えました」とはいかなることでしょう。本気でそう思っているなら――名誉毀損になりそうなのでやめておきますが、普通の人間には理解できない思考回路ですね。いや、それはまだいいのです。「佐々木蔵之介さんが元広告代理店勤務だというところにひっかかったので検索してみました。広告代理店 大広 ……博報堂つながりですか。ちょっとげんなり。テンションさがりまくりです」なんでしょうか、この文章は。わ、やっぱ、この人ちょっと(というか、うんと)危ないわ。
 こうした文章を恥ずかしげもなく掲げるということは(破廉恥ではなくて、意味盲という意味で)大変怖いことだと思います。


       モーリス・ジャールと『第三の男』(2009/04/17)




 某酒場のカウンターで、アートディレクターのA氏と呑んでいた。
 A氏はおれと同い年、中村吉右衛門の義理の弟という人である。杯を重ね、その日訃報を聞いた、映画音楽の巨匠モーリス・ジャールの話になった。 ジャールが音楽を書いた『シベールの日曜日』『史上最大の作戦』『ドクトル・ジバゴ』『アラビアのロレンス』と話が進むうちに、A氏がこんなことを言った。
「前々から気になっていたんだけど『アラビアのロレンス』と『野生のエルザ』のテーマ音楽って似てない?」
 ああ、それは、おれもずっと思っていたことだ。
「あれ、誰が作曲したの?」
「確か、エルマー・バーンスタイン、いや、ジョン・バリーだ」
「ジーン・バリーの『バークにまかせろ』テーマも、頭のところが似てるんだよな。あれも、ジョン・バリーじゃなかったか(ややこしくてすみません)」
「さあ……。『スター・ウォーズ』と『スーパー・マン』と『『ET』のテーマも似てるよね』
「あれは作曲した人が同じだから」
「しかし、ドミトリー・ティオムキンとかモーリス・ジャールとかジョン・ウィリアムズって、映画音楽の巨匠ってイメージがあるけど、エルマー・バーンスタインってちょっと影が薄いね」
 確かに、『十戒』『黄金の腕』『荒野の七人』『大脱走』なんかの作者の割には印象が薄い。ここで、『荒野の七人』『大脱走』から、ジョン・スタージェスの話になり、「三大ジョン(ジョン・スタージェス、ジョン・フォード、ジョン・ヒューストン)の話になるのだが、長くなるので割愛。
「やっぱり、同時代にレナード・バーンスタインって人がいたからじゃないかな」
 ベルリン・フィルのカラヤンとニューヨーク・フィルのバーンスタインは指揮者として、長く人気を二分していた(少なくともレコード界では)。しかも、レナード・バーンスタインはあの『ウエストサイド・ストーリー』『波止場』の作曲家でもあるのだ。確かに知名度はエルーマーより高い。
 ええと。
 そうだ。A氏は若かりしころ『ウエストサイド・ストーリー』のオリジナルキャスト(ジョージ・チャキリス他)の公演を見に行かんとしたのだが、キップが手に入らず(前売り券がまだ残っていることを電話で確認して買いに行った。電話で予約できるなんて思ってもいなかったそうだ。案の定タッチの差で売り切れ)、失意のまま日比谷を歩いていて、マイ・フェア・レディの映画を見たそうな。
 因みにおれは高校時代、マイ・フェア・レディの中の曲を全部唄えた。歌詞カードとLPで徹底的に練習したのだ。なぜかって? ヘップバーンのファンだったから。で、その話題になる。“I Could Have Danced All Night”とか“With A Little Bit Of Luck”とか。
“On the Street Where You Live”の冒頭の部分を唄ってみせ(囁くように美声で唄えば、叩き出されたりしない)、
「この歌唄ってた、若造の貴族誰だか知ってる」
「さあ?」
「ジェレミー・ブレット」
「おや、あのシャーロック・ホームズの」
「うん。演奏は、イケメンの指揮者&ピアニストのアンドレ・プレヴィン」
 アンドレ・プレヴィンは2009年9月からNHK交響楽団の首席指揮者になる。その関係で先日N響アワーに出演していたが、老眼鏡を鼻に乗せた肥大老人になっていた。嗚呼。
「ヒギンズ教授はレックス・ハリスン」
 で、ハリスンがシーザーを演じていた『クレオパトラ』でアントニイを演じていたのがリチャード・バートンで、以下、エリザベス・テーラーの結婚相手の話になり、長くなるので割愛。4度目の夫をエドウィン・フィッシャーと言ってしまったが、エディ・フィッシャーの間違い。エドウィン・フィッシャーはピアニストだった。バッハの演奏は絶品である。
「ピッカリング大佐をやっていたのは、ウィルフレッド・ハイド・ホワイトだったなあ」
「この前コロンボに出てた(何度目の再放送だ)」
「『怪船マジック・クリスチャン』で船長の役をやってた」
「『第三の男』のGHQの―」
 かくして話題は『第三の男』となり、延々と続くのであった。

 すみませんそれだけのことです。

 しかし、こんな話をしながら酒を呑むのは愉しいなあ。


         Probabilityの犯罪(2009/04/15)




 唐沢俊一が最新の“社会派くんがゆく!”でまたガセを書いている。
 中学生が担任の妊娠中の教師を流産させようとした犯罪、「先生を流産させる会」について語っているのだが。

唐沢●おまけに手口が給食にミョウバン混ぜるとか、椅子のねじを緩めるとか、ほとんどが江戸川乱歩言うところの“プロバビリティの犯罪”(相手に直接的な暴力を加えるのではなく、間接的な仕掛けで少しづつ危害を加えて、結果的に死に至らしめるという方法)に過ぎないんだな。どうにもショボいところが情けない。

 唐沢の言から推すと“プロバビリティの犯罪”とは、小さなダメージを蓄積させて相手を死に至らしめる(今回の場合は“流産”だが)犯罪のように思えるだろうが、そうではない。“プロバビリティの犯罪”は通常“蓋然性の犯罪”と呼ばれ、平たく言えば“確率の犯罪”のことである。この命名者は唐沢の言うとおり江戸川乱歩である。乱歩は谷崎潤一郎の「途上」という短編に触発されて「赤い部屋」という小説を書いたが、そこで披露される犯罪の数々がこのプロバビリティの犯罪なのだ。
 プロバビリティの犯罪に関しては、雑誌<探偵小説>2号[1983.12.26]に適切な解説が載っている。それを紹介している「宮澤の探偵小説頁」というサイトがあったので、引用させてもらう。因みにこのサイトではわたしの『ゲッベルスの贈り物』『六色金神殺人事件』に対して過褒とも言える様な好意的な書評が掲載されている。
(ネタばれなんで前半だけ反転します。)

 夜の散歩中、自動車の運転手に呼び止められた。通行人をはねてしまって医者を探しているのだという。近所には設備のいい外科医院と下手な内科医院があったが、わざと下手な方を教えた。そこに運び込まれた怪我人は手当てのかいもなく死亡し、運転手は罪に問われた。
 その家には小さな子供がいて、夫婦の寝室は二階にあった。子供の小さな人形を階段の途中に置いておいたところ、夜中に起き出した妻が、階段を転落して首の骨を折った。もちろんこれは不慮の事故として処理された。
 家は燃えていた。焼け出され茫然としていた若妻に
 「奥さん、あなたのお子さんがまだ中にいますよ!」
と告げると、火の中に駆け込んでいった。彼女は焼死体で発見されたが、二人の子供は無事だった。もとより中にはいなかったのだ。
 右に述べた三つの事例には共通する点が二つある。第一には犯罪とは言えないことである。最初の例で責めを負うのは自分の義務を果たした運転手や医者であるし、二番目の例は犯罪であることすらわからない。三番目の例では、火事場で何を言おうと聞きつける者もいないし、仮に聞かれようと、本当にその時はそう思ったんだ、と強弁すれば済むことである。
 第二に、これには偶然の要素がかなりの強さで関わるということである。怪我人は持ち直すかもしれないし、階段を必ず踏み外すとも限らない。火の中に飛び込む前に人に止められるのは大いにありうることである。

 よってこれを蓋然性(プロバビリティー)の犯罪という。各々の犯罪が成功する確率は小さい。だが、それを無限に繰り返してやることによってその確率は必ず1となる。そのとき殺人が遂行される。相手の喉をかき切ったのと同じくらい確実に。しかもこの種の犯罪を法で罰することは絶対に不可能である。
 ここで筆者の言いたいのは、読者の愛妻が酒や煙草の買い置きを切らさず、御馳走ばかり作るときには、密かに生命保険に加入させられていないか調べた方が懸命ではないかということである。


“プロバビリティの犯罪”の犯罪がどんなものかお分かりいただけたと思う。確率は低くても数撃てばあたるだろうという考え方なのだ。だから、最初の企みが即成功することだってあり得るのである(上の三つの例がそれである)。もしかしたら唐沢はこのサイトを参考にしたのかも知れない(“プロバビリティの犯罪”でGoogle検索すると、ここがトップで示される)。「各々の犯罪が成功する確率は小さい。だが、それを無限に繰り返してやることによってその確率は必ず1となる」という部分を読み、意味を取り違えたのではなかろうか、というのは穿ち過ぎかしら。


            ナポレオン(2009/04/15)



            また昔の映画の話かよ

 DVDでアベル・ガンスの『ナポレオン』前半。安売りでもないのについ、このDVDを買ってしまったのは あまりに懐かしかったから。二十代の頃、家に友達を呼んでは しょちゅう(ママ)このビデオの観賞会をやっていた。 少年時代のナポレオンを演じるウラジミール・ルーデンコの 美少年なこと。アントナン・アルトーが演じている(!) マラーは少し美形すぎる気がするが。
4月12日の裏モノ日記から)

 唐沢俊一がアベル・ガンス『ナポレオン』のファンだったとは知らなんだ。しょっちゅうビデオの鑑賞会を開いていた家とは、青学時代の阿佐ヶ谷の下宿か、東北薬科大学時代の仙台か、はてまた唐沢薬局事務員時代の札幌か。ろくなものも食わずに起き上がることも出来なかった学生時代に、そんな余裕があったとも思えないし、薬剤師にもなれずに店を継げぬ穀潰しが、「しょちゅう(しょっちゅう、だろうな)」ビデオ鑑賞会を行っていたとも思えない(唐沢ならあるかも知れないが)。
 まあ、学生時代の話と友達の話は封印している唐沢の貴重な20代の逸話だが、やっぱりちょっとへんだよな。「安売りでもないのについ、このDVDを買ってしまった」ってどういう意味? そうした青春時代の思い入れがない限り、DVDは総て安売りを買っているってこと? そして、笑ってしまうのが、「アントナン・アルトーが演じている(!) マラー」という文章だ。この(!)はなんのつもりなんだろうか。アントナン・アルトーは俳優兼劇作家兼詩人。マラーを演じても、ことさら(!)といった人物ではない。まあ、現在で言えば「ウッディ・アレンが演じている(!)」と書くようなものだ。唐沢はwikiあたりでアントナン・アルトーがどんな人物か知ったのだろう。そして、「あの偉大な詩人のアントナン・アルトーが、ここでは俳優として演じている(!)」と知ったかぶりをしたのだな。
 しかし、本当に最近の映画は見ていないねえ。


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