このページでは、ミステリ作家の視点から、書籍、映画、ゲームなど色々な「表現」について評論したいと思います。
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The Wyoming Incident
シカゴの事件を検証する前に気になったことがあるので書いておく。
ワイオミングの事件は唐沢が書いている通り、YouTubeやニコニコ動画で見ることが出来るので、実際に自分の目で確認していただきたいのだが。
電波ジャックされたと言われているのは、Mick BirgeとJessica Kablubが司会を務めるKTWO(K-2)TVのニュースショウ番組だ。画面に男性の顔写真が表示され、Jessica Kablubがコメントしていると、砂嵐が入り一旦復活するが再び砂嵐になり、言及されているモノクロ映像が6分と数秒写る。その後、再び砂嵐となり、最初の男性の顔写真、司会者のツーショットと続く。
お気づきだと思うが、実際に発生した事件だとしたら、非常におかしな点が2つあるのだ。1つは6分も得体の知れない映像がオンエアされたら、視聴者から問い合わせの電話がガンガンかかってくるはずで、番組が復旧出来たにしろ、そのまま続きを流して終了なんてあり得ないってことだ。当然、局内も大騒ぎになったろうし、その対応、原因の究明、とりあえずは視聴者へのお詫び等のコメントが成されるはず……
と、ここまで読んだ方はもうとっくに気付いているかも知れないけど、つまり、あの6分間は存在しなかった時間になんているんだよね。それが2つ目のおかしな点で、このやり方は映画やドラマで繰り返し使われた手法だ。邯鄲の夢ではないが、明らかにこれはフィクションだと宣言しているんじゃないか。画像が鮮明すぎる、2004年以前に遡った資料がない(KTWOに問い合わせればすぐ分かるだろうに)なんて以前に、この事件は作り話以外には考えられない。
人の記憶や記録までをもハッキングしてハイジャックした(乗っ取った)、希有な事件ということになりそうだ。
なんて訳の分からんこと書いてないで(『カリオストロの城』かよ)、このくらい自分で調べろよな。本人は気の利いたこと書いたつもりなんだろうが。
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アメリカの事件

次に唐沢はアメリカで起きた“電波ジャック事件”について語る。
電波ジャックは、世界的に1980年代後半がブームだったようだ。現在、アメリカで電波ジャック事件の代名詞のようにいわれている事件はどちらも1987年に起こっている。
その事件の1つは“ワイオミング事件”と呼ばれ、ワイオミング州で起こった。ニオブララ川流域の地域で放送されていた地元テレビ番組が突如中段され、数字の3が並んだモノクロ画像(元の番組はカラー)が流れた。そして、「これからあなたは素敵なものを見る」とメッセージ文字が映り、やがて、音楽と共に、ブルーマンみたいな坊主頭の人間の顔がアニメーションで、6分間ほど放映されたのである。不気味な映像は10秒ほどのものが幾つか流れ、その合間にメッセージのような文が幾つもタイピング字体で映し出された。
「なぜ嫌う?」
「お前は病気だ」
「心の中になにを隠している?」
「われわれはそれをもう知っているぞ」
「お前はすべてを失うことができる」
「無こそ重要だ」
「永遠に逃げられはしない」
「お前は迷子なのだ」
「作り話の中に真実はある」
「すべては真実」
などという文字が流れ、顔は無表情なものから怒り、気味の悪い笑顔など数パターンあり、この映像を見た人は自分の背後に誰か立っているような感覚に襲われて、頭痛を訴えた人もいたという。
この事件があったとされる直後の11月に、今度はシカゴで似たような事件が起こった。イギリス製のSFドラマ『ドクター・フー』が放映されていたテレビが突如、ガレージのシャッターの前に、ゴム製の仮面をかぶった男がいる映像に切り替わり、男はアニメ『冒険王クラッチ』の主題歌を口ずさんだりしながら下品に笑い、最後は尻を出して、それを女性にハエたたきみたいなもので叩かせていた。不気味で正体の分からないワイオミングの映像に比べ、気味が悪いものの、どことなくユーモラスなのが特長だった。
今でもこれらの映像は動画共有サイトYouTubeなどで見ることができるが、ひとつ不可解なのは、ワイオミング事件の画像がやたら鮮明なことで、この映像が出回り始めた時期がどう調査しても2004年より前にはさかのぼれないことから、この事件自体、実際にはなかったフェイクなのではないか、という説もあるようだ。
とはいえ、海外のサイトにはこの2つの事件が電波ジャックの代表例としていまだに取り上げられ続けており、こうなると電波ばかりでなく、人の記憶や記録までをもハッキングしてハイジャックした(乗っ取った)、希有な事件ということになりそうだ。
この2つの事件が、Google検索のトップにあるwikipediaで紹介されていることは昨日のエントリにも書いた。ワイオミング事件の真偽についても、
しかし、この事件はそのインパクトの強さから知名度が高い反面、情報が乏しい。その映像がインターネットに出回ったのが2004年ごろからである、元がテレビ放送の映像にしてはインターネットで流れている映像の画質が高すぎる、等々、映像は単なるフェイクであり、事件そのものも実在しなかったのではないかとする意見も多い。
こう記されている。因みに唐沢が書いているニオブララ川流域の地域ってのはNiobrara County(ニオブララ郡)のことなんだろうね。この真偽に関しても、海外のサイトを見ると、フェイクというのは確定しているみたいだし。
A broadcast signal intrusion nicknamed the Wyoming Incident supposedly occurred in Niobrara County in 2004; it was later revealed to be a hoax.
Wyoming Incident hoaxでgoogle検索すると(ウェブ全体から検索 )54,200件もヒットする。
いや、唐沢クンにはこうした追及を期待したい所なんであるよね。wikipedia丸写しの速成原稿でっち上げて呑みにいくんじゃなくてさ。
久しぶりに英文を読み込んだら疲れちまった。シカゴの事件に関しては、また後で。
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wikipedia

さて、唐沢は『アウターリミッツ』『スポンサーから一言』に続いて、やっと実際に起こった電波ジャック事件に言及する。それは1985年に、日本で発生した杉並の防災無線電波ジャック事件と、1987年にアメリカのワイオミングとシカゴで起きたTVジャック事件の3つである。
唐沢俊一検証blogで、kensyouhanさんが再三に亘って指摘しているが、最近の唐沢はネットから盗用するときも、wikipediaからのパクリで安易に済ませてしまうということがしばしばなのだ。
電波ジャックというお題を戴いて、なんも分からん唐沢がまず、wikipediaを参照しただろうことは、想像に難くない。そこで、早速、検証したならば。
日本の電波ジャック
日本においては、革命的共産主義者同盟全国委員会の支援を公然と受ける長谷川英憲・元東京都議会議員の政見放送に対し、敵対する日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派が、電波ジャックを行い、同候補を中傷する声明を読み上げた事件(杉並区防災無線電波ジャック事件)が有名。現在の日本では、地上デジタル放送の普及と当局の電波監視体制が進み、電波ジャックは困難となりつつある。
海外の電波ジャック
電波ジャックは日本だけではなく、国外でも発生している。
ワイオミング事件
アメリカ、ワイオミング州で発生したとされるテレビ放送の電波ジャック事件。カラーのニュース番組を放送中、突如砂嵐が発生し、全編モノクロの怪放送が6分程度に渡って流された。内容は、「333-333-333 We Present A SPECIAL PRESENTATION」(訳:333-333-333 特別なプレゼンテーションをお送りします)と、画面下半分に同様の文字列が上下反転の鏡文字で記述された映像が効果音と共に数秒続き、その後、大きな文字で不可思議な主張がされた後、男性の顔をモチーフにしたアニメーション映像が流れ、再び「333…」のローテーションが複数繰り返されると言う物だった。前衛的な表現方法を用いられた映像で、その映像を見た人々の大半が「気味の悪い映像」だと評価しており、国外の電波ジャックの中でも高い知名度を持っている。 しかし、この事件はそのインパクトの強さから知名度が高い反面、情報が乏しい。その映像がインターネットに出回ったのが2004年ごろからである、元がテレビ放送の映像にしてはインターネットで流れている映像の画質が高すぎる、等々、映像は単なるフェイクであり、事件そのものも実在しなかったのではないかとする意見も多い。
マックス・ヘッドルーム事件
アメリカ、シカゴで発生したテレビ放送の電波ジャック事件。あるテレビ番組のキャラクタをモチーフにした仮面を被った男が、車庫のような空間の中で意味不明の言葉を喋りつづけ、映像の後半ではお尻を出して女性らしき人物にそれをムチで叩かせるという映像が流された。女性が登場するシーンの前後や音声等を編集してある事から、生放送では無かったようであるが、その不気味で下品で、どことなくユーモアのある映像は世間を驚かせ、ニュースにまで取り上げられた。(wikipedia “電波ジャック”より)
「電波ジャック」でgoogle検索すると、真っ先に出てくるのが上記のwikipedia。そこで紹介されているのがこの3つの事件(のみ)なんだから、まあ、安易に原稿をこしらえるものだなあ、と微笑ましく思いました(唐沢がおれの質問状に答えたメールの冒頭の文章)。
まず、日本の電波ジャックに関する、唐沢の記事は。
日本で実際に起きた電波ジャックはラジオやテレビではなく、災害用の防災無線であった。1985年のある晩、東京都杉並区の防災用無線スピーカーから、いきなり、「××はひどい男です!」という声が大音量で流れた事件で、当時、杉並区に住んでいた私は、これをリアルタイムで耳にしている。なにしろ、病院や学校近くという、比較的静かな場所に設置されている防災用のスピーカーから、いきなりの大音量での放送であったから、路上を歩いていて、驚いて飛び上がったほどだった(声はあらかじめテープに録ったものを速度を変えて流していたため、人間のものとは思えない不気味なイントネーションになっており、余計印象にのこった)。
これは、当時区議会の補欠選挙が行われており、そこに立候補していた左翼・中核系区議会議員候補への中傷を、同じ左翼で思想的に敵対していた革マル派の工作員が、移動無線車で電波ジャックして行ったものであるらしい。ネットでは、その数年後にも同じ候補に対して、今度はNHKのテレビもジャックされて、中傷画像が流れたという情報があったがそっちの方は見ていないのでよくわからない。結局これが原因かどうかその候補は落選してしまったようだ。
唐沢の失われた20代に新情報か。青学を卒業して(中退?)、東北薬科大学に入学する前、或いは札幌に都落ちする前、27歳の頃、唐沢は杉並に住んでいたようだ。なにをしていたのだろう(大日本図書に勤務していたのか?)
さて、一方、上記wikipedeiaからリンクされている、wikipedia“杉並区防災無線電波ジャック事件”では。
1985年6月22日午後9時45分、杉並区役所や区立学校に取り付けられていた杉並区の防災無線スピーカーから突然、長谷川を攻撃する放送が流れた。
その内容は女性の声で、
* 「都議選に立候補している長谷川英憲はひどい男です」
* 「こんなひどい男を都議にしてはならない」
* 「彼らは中核派で人殺しです」
* 「長谷川英憲は人殺しーぃっ」
これが25分間、大音量で延々流れ続けた。あまりの大音量に区民はあわてて外に飛び出したという。
警察は、革マル派が移動無線車を使って電波ジャックしたものと推測して捜査を進めたが、そのまま迷宮入りとなった。
ちなみに長谷川候補は、この事件に影響されたからか、落選の憂き目を見ている。
また、この事件に関しては、『危ない28号 1』(データハウス)に詳細が報じられている。その記事のネットへの転載。
復讐に防災スピーカーやテレビを使えば、巨大な成果をもぎとることができるでしょう。敵の悪口を大衆の皆さんに無差別に流しまくるのです。そんなことができるのかって? できるんですよ。実際やったヤツらもいます。
1985年6月23日夜9時45分ごろ、東京都杉並区に104基設置された防災行政無線スピーカーが突然鳴りだし、東京都議選に立候補を予定している現職区議会議員を攻撃する放送が流れだしました。25分間にも渡りボリュームいっぱいの音量で区内全域に響き渡ったため、多くの区民が街頭に飛び出すなど大騒ぎになりました。
怪放送の内容はというと、なかなか無茶なもので「杉並区の皆さん。人殺しを賛美する×××××(立候補予定者の実名)が、私たち区民をたぶらかして都議会議員に成り上がろうというたくらみをもう絶対に許しておけません……(略)。都議選に立候補している×××××はひどい男です。人殺しをほめたたえ…… (略)。×××××は人殺しーぃっ。×××××は人殺しーぃっ。×××××は人殺しーいぃっ。」というシロモノです。実は筆者もその場にいたのですが、夜の夜中にアタマから突き抜けるような女の声でこんなことを繰り返して叫ぶもので、パジャマ姿の区民が「なんだ、なんだ」と外へ飛び出して大変な騒ぎでした。杉並区の人口は50万人ほどなのですが、ほぼ全員がこの怪放送を聞いたでしょう。たいした危険もなくこれだけのことができるのですから、なかなかコストパフォーマンスの高い嫌がらせじゃないでしょうか。
この立候補予定者は中核派の支援を受けており、宿敵革マル派がこの怪放送を流したといわれています。ポスター破りや顔抜きの選挙妨害や、立候補予定者が行っている産直野菜販売組織の車が4台も川に突き落とされたり、宣伝カーなどが盗まれて高速道路に持ち出され8台も焼かれ大渋滞になったりと、創意工夫あふれる(?)妨害工作が続いていたのです。中核派もパトロール隊を繰り出して、ポスター破りの革マル派を補足、区内数か所で鉄パイプを使用した乱闘が繰り広げられました。
防災無線をジャックするのは意外と簡単です。ここでは杉並区の防災無線を例にしますが、どこでもシステムに大きな相違はないと思います。学校や公園などに取り付けたスピーカーにはそれぞれ電源がついており、区役所からの無線を拡大してながす仕組みになっています。スピーカーからながれる音声は、半径250から300メートルの範囲で聞き取ることができ、当時の杉並区の場合は104基で災害時の避難指示や注意事項などを住民のほぼ全員に伝えることができるようになっていました。つまり防災無線をジャックしちまえば、強制的に区民全員に言いたいことを聞かせることができるわけです。
放送を開始するには、まず特定周波数の放送開始信号を発信しスピーカーの回路を開いてそれぞれのスピーカーが区役所の基地局からの無線を受信するというシステムになっています。第三者がこの放送開始信号を知っていて信号と放送を流せば、回路が開き防災無線をジャックできるわけです。ですから問題はこの放送開始信号です。革マル派の諸君は、時報用チャイムを流す際に発信した開始信号を傍受、解読したようです。故障をチェックするため役所は毎日時報用チャイムを流しますので、根気よく傍受していけば放送開始信号を解読できるんじゃないでしょうか。関係書籍を読んで最低限の知識を得ることは必要でしょう。もちろん良いツテがあれば、防災無線システムを受注した企業の社員か役人にカネでも掴ませて情報をゲットするのが手っ取り早いと思います。
注意点としては、特定の場所に無線局を作って強力な電波を長時間流すと逆探知されてしまいます。無線車を作り、移動しながら電波を発信すればその点安全でしょう。しかし、最近では警察の車番自動読取装置(Nシステム)が随所に設置され、いちいち自動車のナンバープレートを読み取って記録していますので、その時その場所でウロウロしている車があったら一発でチェックされ足がつきます。ナンバープレートに細工するか、装置をコンパクトにして自転車かバイクを使うなどの工夫が必要です。最近のパトカーには『パットシステム』と呼ばれる端末が取り付けられており、走行中でもナンバーを入力すると盗難車のチェックができるようになっています。届出があってから数時間で割り出しが可能になるそうなので、自動車を盗んで使うのはやめておいた方がよいでしょう。
もうひとつ根本的な問題は、電源を切られてしまったらもう放送を流すことができないという点です。杉並区の事件では25分で電源を切られ放送は終わってしまいました。災害が起こった際に大変なことになるので、防災無線の電源を切りっぱなしというわけにはいかないようですが、この攻撃は一度しか使えないと思った方がいいでしょう。4年後の1989年の都議選の際にも防災無線ジャックが行われました。役所も放送開始信号をデジタル化するなどの対策を取ったようですが、戸外で遊ぶ子供たちに帰宅時間を知らせる時報用チャイムを流す際に電波を割り込ませたようです。この方法ならばわざわざ開始信号を解読する必要もありません。「×××××(立候補予定者の実名)は人殺しで地上げ屋だ」という内容だったようですが、3分後には緊急停止装置で切られてしまいました。しかし「音楽はながれないので早く帰りましょう」などと子供に呼び掛けてから切れたそうなので、怪電波をながした方もすぐに切断されるのを予想していたようです。実際、この2度目の攻撃が地域に与えた衝撃は、最初とは比べものにならないほど小さなものでした。
最も影響力の大きなメディアは、やはりテレビでしょう。このテレビ電波をジャックすれば、面白いことができそうです。実はこれは防災無線ジャックなどよりも簡単にできるのです。
1978年1月。NHKが昼のニュースを放送中、約10分間にわたりニュースとは関係ない『権力犯罪を告発する国際連帯人民委員会』を名乗る女性のアジ演説がながれるという事件が起きました。新宿、中野、杉並、練馬と半径10キロにも及ぶ広い地域で、最初に革命歌が流れ「水本という人が警察に殺され江戸川に浮いていた」とか「警察権力が様々な陰謀をくわだてている」などといった放送が流されたのです。放送の内容は大部分が革マル派活動家が水死体で見つかり、これを警察の謀殺によるものだとする「水本事件」に関するもの。このことから公安はこの電波ジャック事件を革マル派の仕業だと断定しました。
テレビというものは人が見ていてくれなければ意味がなく、無理にでも聞かせることができる防災放送とは違います。社会的に大きな影響を与えるには工夫が必要です。視聴率の高い番組をジャックするのはもちろんですが、この事件では反響効果を大きくするためのグループを西新宿の飲食店に派遣し、わざわざテレビをつけさせてテレビジャックが始まると「新聞社とテレビ局に知らせろ」などと騒ぎ立てるというワザを使っています。確認されているだけで7グループいたとか。この反響グループも共犯になるので、実行の際は慎重に行動する必要があります。
テレビ局の周波数は公開されており、この時ジャックされたNHK総合の周波数は、映像91.5メガヘルツ、音声95.75メガヘルツ、出力12.5キロワットでした。周波数を同じにして、出力をNHKよりも強くすればジャックできるわけです。ただし市販の無線機だけでは95.75メガヘルツの音声電波を発信するのはむずかしく、改造する必要があります。
秋葉原あたりでFMトランスミッターというワイヤレスマイクを大きくしたような送信機を手に入れれば、簡単に海賊放送局を開くことができます。ただし、これでは出力が小さすぎるのである程度広範囲に電波を流すにはパワーアップのためブースターを取り付けたり専用のアンテナが必要となります。この周波数は技術的にそれほどむずかしくなく、高周波ディバイスも簡単に手に入りますので、いっぱしのアマチュア無線家であればさらに強力な送信機の完全自作も可能なはずです。ちょっとした高校ならアマチュア無線のクラブもあるので、そういった連中ならカネを出してやれば喜んで作ってくれるはずです。ある程度の無線知識がいるとはいえ、放送開始信号を解読する必要がある防災無線ジャックに比べれば楽なはずです。
音声だけではつまらないという人は、映像も同時にジャックしたらどうでしょうか。87年には、NHKの大河歴史ドラマ『独眼竜政宗』がジャックされ、都議補欠選挙に立候補した中核派系候補を攻撃する放送が流れだしました。「緊急放送を始めます」というアナウンスから始まり「中核派は人殺し」だとか「杉並から追放しよう」などという女の声が流れ、同時に画面には炎上する自動車や候補のポスターが映しだされました。この放送は埼玉の一部にまで流れたようで、前の『人民放送事件』に比べると明らかにジャック技術が向上しています。
テレビやラジオの電波ジャックに関しては、警察だけでなく、電波監視車なども装備している専門の郵政省電波監理局も監視しています。自宅から電波を発信したり、調子に乗って何回も繰り返したりすると逆探知されてパクられる恐れがあります。自動車のナンバープレートを読み取るNシステムに注意しつつ、移動しながら電波を発信するのが一番安全でしょう。
電波ジャックは、社会的影響が大きいわりに罪は威力業務妨害と電波法違反ぐらいで大したものではありません。でも名誉棄損や損害賠償などの民事でカネをとられたりしたらかないません。パクられないに越したことはないでしょう。
まず、このように公共のものをジャックすると公安警察がでてくることを意識しなければなりません。通常の犯罪捜査を行う刑事警察は、白紙の状態から証拠を集め聞き込みをし犯人に迫っていくという正攻法をとります。ところが公安警察は、犯人らしき者をピックアップし、その一人ひとりを徹底的にあらうという「見込み捜査」の方法をとります。たとえばあなたがだれかを攻撃する電波ジャックを行ったとします。するとまずその人物に恨みを持っている者をピックアップして、そのあと刑事警察ならば犯人と結びつく証拠集めを地道に行うところなのですが、公安警察は容疑者を徹底した監視下に置くという手法をとります。調子に乗ってもう一度電波ジャックをしたら、動かぬ証拠を握られることになるでしょう。ゴミあさりも公安の得意技です。あなたの出したゴミから『ラジオライフ』とか電器屋の領収書でもでてきたらかなりピンチです。あとは別件で逮捕して、自白させるという公安技法がでてくるわけです。こう書くと公安警察は大した組織に思えますが、少ない予算で着実な犯罪捜査を行う刑事警察に比べてカネとヒマがあり、違法スレスレの捜査もあえてするという、まぁ言ってしまえば汚い組織なのです。
『ラジオライフ』の誌名が出てくるのがイイネ。
いや、電波ジャックのやり方が仔細に書かれているし。唐沢が不明のまま放り出したTVジャックの件についても具体的に書かれている。『ラジオライフ』は、これを書いた北のりゆき氏に原稿を依頼してはどうか。
wikiと「危ない」に共通しているのは、放送されたのが「大音量の女性の声」というところ。一方唐沢は(実際に自分が聞いた体験から)「(声はあらかじめテープに録ったものを速度を変えて流していたため、人間のものとは思えない不気味なイントネーションになっており、余計印象にのこった」としている。テープの速度を変えて流せば、ピッチが代わるのだから、声は低くなるか高くなるか。イントネーションは変わらない(ピッチを変えながら再生するか、または、そうした編集作業をしたテープを流すならともかく)。唐沢が聞いたという不気味な声はなんだったのだろうか?
アメリカの件に関しては後ほど。
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電波ジャック

もう腹をくくったのか、今月のお題は「電波ジャック」。理科系的素養の無い唐沢が、「ラジオライフ」の読者子をどう誤魔化すのか、お手並み拝見といこう。
今更、わざわざ、嫌味ったらしく書くけど、おれは早稲田大学理工学部電気工学科卒の工学士だから、いつもより手厳しくなるぜ。
1960年代の『少年マガジン』などには、よく“宇宙人の電波ジャック”が載っていたものである。大抵はアメリカの片田舎で一家でテレビを見ていると、突然画面に緑色をした宇宙人が現れ、1分間ほどどこの言葉か分からない宇宙語でしゃべり、姿を消したという内容だ。
もちろん、当時は電波ジャックなんて言葉はなかったけれど、1960年代から、電波というものは周波数さえ同調すれば、テレビだろうとラジオだろうといくらでも乗っ取れる、という認識だけはあったようで、これが都市伝説にになって上記の宇宙人話につながったのだろう。
これが、冒頭の文章だ。
あーああ。
1分間ほどどこの言葉か分からない宇宙語でしゃべり、姿を消した
宇宙語もなにも、分からない言葉をしゃべる緑色のおっさんが、なんだって宇宙人だって分かったのかしら。
1960年代とは、1961年~1971年を指すものだ。唐沢は赤塚不二夫の訃報に接したとき、初めて少年サンデーという雑誌の存在を知ったのは4歳か5歳の頃と書いていた。つまり1962年か63年。当然ながらマガジンの存在を知るのはそれ以降のことのはずだ(それ以前は、親から与えられた、田河水泡の『蛸の八ちゃん』、前谷惟光の『ロボット三等兵』を読んでいた)。1966年には『巨人の星』、1968年には『あしたのジョー』の連載が開始されるが、唐沢は8歳~10歳。この時代に、『少年マガジン』などには、よく“宇宙人の電波ジャック”が載っていたのかね。
わたしは無論リアルタイムで少年マガジンを創刊号から読んでいたけど、よく“宇宙人の電波ジャック”が載っていたなんて印象は全然ない。そりゃ、1回くらいそんな記事が載ったかもしれないけどさ。それに『少年マガジン』などってどういうことかね。サンデーにも載っていたってこと? まあ、なにも調べずに、自分の都合で書いただけのガセだと認定しておこう。さてと、
1960年代から、電波というものは周波数さえ同調すれば、テレビだろうとラジオだろうといくらでも乗っ取れる、という認識だけはあったようで、これが都市伝説にになって上記の宇宙人話につながったのだろう。
この無茶苦茶な文章を、よくもまあ、「ラジオライフ」の編集者は載せたもんだ。都市伝説というのはアメリカの話かね? いくらでも乗っ取れるなら、NBSだろうがCBSだろうが自由に乗っ取る事件が頻発したはずだろうっての。なんで田舎町のローカルテレビなんだ?
で、それよりも笑えるのは、電波というものは周波数さえ同調すればという文章で、こいつが電波のことも同調の意味も全然分かっていないことが分かる。いいかね、同調というのは、受信する側が放送局から送られてくる、特定の周波数の電波の、その周波数に同調するという意味なんだよ。例えばTBSラジオは954KHz、それに受信機を同調させることで受信出来るのだ。同調器はバリアブルコンデンサー(通称バリコン)。なんでコンデンサーの容量を変えることで、電波が同調出来るのかなんて、唐沢には死ぬまで理解できないだろう。でも、まあ、さすがは「ラジオライフ」で、2ページ先のイラストの説明文に、
電波ジャックは、同じ周波数の電波をより強力な出力で発信すれば可能となってしまう。テレビが登場した頃は頻繁に電波ジャックが行われたという。
と、ちゃんと正しいことが書いてある。ま、編集者が唐沢の無知に呆れてフォローしたんだろうな。
さて、唐沢はさらに、アメリカのTV番組「アウター・リミッツ」について語る。
あれ?
いきなりTV受像機に現れる“宇宙人”って、『アウター・リミッツ』の第1回、『宇宙人現る』のことじゃないかしら。それに関しては、唐沢のお友達、山本弘が『山本弘のハマリもの 』に詳しく書いていたジャンと、書棚を覗いて、と学会関連の本は全部捨てたことを思い出した。
唐沢はさらにフレドリック・ブラウンの『スポンサーから一言』に言及する。ブラウンのこの作品は大傑作だが、それは唐沢の手柄ではないし、『アウター・リミッツ』も『スポンサーから一言』も現実の事件ではないという相変わらずの羊頭狗肉なんだよな。
休憩します。
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無知な馬鹿がどこまで無礼になれるかを証明する典型的な例
唐沢俊一が裏モノ日記で、無礼の極みのようなことを書いている。この日訃報が告げられた人物が複数なのを受けて。
舞台やっている間に訃報いくつも。とりあえず、このお三方。
なにが「とりあえず」なのだろうか。誰もお前に訃報に接した感想文を書いてくれろとお願いした覚えはないはず。内容のない空疎な日記の埋め草に、無知を曝した無礼な文言を綴るのが好きなのは分かっていたが、どうしてこう無神経な口の利き方をするのだろう。
『モチモチの木』『ベロ出しチョンマ』など、斎藤隆介の絵本に切り絵の挿絵をつけて名コンビであった滝平二郎氏が16日、がんで死去、88歳。
斎藤隆介の絵本を初めて読んだのは小学三年のときの『八郎』である。山をかついで海に沈み、村を水害から守る巨人というイメージの壮大さには感動したが、自分の巨大さが、その身体を海に沈め死ぬことによって村人を救うためのものだった、と知った八郎が、何の疑問もなく海の方へと歩き出す自己犠牲精神の壮烈なことに、いささかの戦慄を子供心に覚えたことも確かである。
そして私の世代のトラウマ本になっている『ベロ出しチョンマ』。小学校の4年生のときだったか、給食時間の学校放送で、この話が宇野重吉によって朗読されたものが流れ、何が悲しうてこんな陰惨な話を給食時間に聞かねばならんのか、と理不尽に思い、絵本の方も読んではみたが、どうにも社会派的なテーマが鼻について(作者の斎藤隆介自身はこれは社会派の作品ではない、と言っているがどう読んでも社会派童話である)、何か辟易した。当時の担任がこの二人のことを“共産党員だからエラい”みたいなことを言ったこともあって、なおさらイヤになった。それ以来、斎藤隆介の絵本も、それに必ずついている滝平二郎の切り絵も、手に取るのをためらうようになってしまった。
その後10年近くたってからやっと読んだのが『モチモチの木』で、これも弱虫の子供が爺ちゃんを救うため、一世一代の勇気を振り絞る話だが、先の二作にない、どこか牧歌的なユーモアがただよい、オチもよろしく、ああ、これを先に読んでおけばよかった、と後悔したものである。表紙の切り絵も、孫をいつくしんで頭を撫でている祖父と、撫でられながらもおどおどした目線を横に走らせている子供の対比が出ていて、好感が持てる。
滝平氏の方は相変わらず、憲法9条を守る『九条の会』などに名を連ねていたが、もうその頃には、作者本人と作品は別、と割り切るくらいにオトナにはなっていたので、気にもならなかった。滝平氏の方は相変わらず、憲法9条を守る『九条の会』などに名を連ねていたが、もうその頃には、作者本人と作品は別、と割り切るくらいにオトナにはなっていたので、気にもならなかった。今、滝平氏の切り絵からこちらに伝わってくるのは強烈なノスタルジアであり、残虐な封建主義に農民・労働者が支配されていた筈の、『ベロ出しチョンマ』の時代への郷愁である。自らの作品の持つ力とはいえ、滝平氏はそういうイメージの皮肉をどう思っていただろうか。
ともあれ、ご冥福をお祈りする。あ、科学的社会主義を標榜する共産党員として、滝平氏は宗教を信じておられたのだろうか?
書き写していて怒りが込上げてくる。子供だった唐沢には、斉藤隆介も滝平二郎の良さも理解できなかった。それはいいとしよう。しかし、「当時の担任がこの二人のことを“共産党員だからエラい”みたいなことを言ったこともあって、なおさらイヤになった」とはなんのことだ。田舎の小学三年生が、共産党というものにそんな拒絶反応を示すのは、家庭で右翼的な教育を受けてきたからに他ならず(まさか、その歳で共産党の政策を分析して否定的な意見を持っていたわけではあるまい)、それに唐沢が陰惨に感じたのは斉藤隆介の書いた物語と宇野重吉の朗読なのではないのか。滝平二郎はとんだとばっちりだ。
共産党に対して幼稚な偏見を持っていた自分が10年近くたって(18歳前後?)、『モチモチの木』を読んで「ああ、これを先に読んでおけばよかった、と後悔した」に至ってはとは、普通、子供時代に感動を得られる物語を、そんな歳になるまで理解できなかったという愚鈍を告白しているだけのことなのだ。しかも、「オチもよろしく」「好感が持てる」とか相変わらずの上から目線。そして、「滝平氏の方は相変わらず、憲法9条を守る『九条の会』などに名を連ねていたが、もうその頃には、作者本人と作品は別、と割り切るくらいにオトナにはなっていたので、気にもならなかった」と、全くオトナになっていないことを露呈している。しかし、馬鹿の極みは以下の文章だ。
今、滝平氏の切り絵からこちらに伝わってくるのは強烈なノスタルジアであり、残虐な封建主義に農民・労働者が支配されていた筈の、『ベロ出しチョンマ』の時代への郷愁である。自らの作品の持つ力とはいえ、滝平氏はそういうイメージの皮肉をどう思っていただろうか。
ともあれ、ご冥福をお祈りする。あ、科学的社会主義を標榜する共産党員として、滝平氏は宗教を信じておられたのだろうか?
馬鹿の一つ覚えのノスタルジア。今のこの世の中に「残虐な封建主義に農民・労働者が支配されていた筈の、『ベロ出しチョンマ』の時代への郷愁」なんてものを抱いている、気がふれた人間がいるはずないだろっての。いるとしたら、唐沢、お前一人だよ。封建時代の物語に挿絵をつけても、読者はそれに郷愁を感じるだけだから(社会的な)意味がない。馬鹿がこんがらかって、いくところまでいっちまったようだ。だったら、白土三平にも言ってやったらどうかね。「わたしが『カムイ伝』から感じるのは「身分制度」のあった時代への強烈なノスタルジアだ」ってさ。
ともあれ、ご冥福をお祈りする。あ、科学的社会主義を標榜する共産党員として、滝平氏は宗教を信じておられたのだろうか?
なにか気の利いたことを書いたつもりなのか。滝平がクリスチャンだったら「冥福」でもかまわないとでも思っているのか。「冥福」は文字通り「冥土の幸福」。仏教の言葉であるし、浄土真宗では使わない。なにが宗教を信じておられたのだろうか? だろう。
知りもしないこと、分かりもしないことを書いて文字を埋めるだけの日記。知能の低いファンが「へーカラサワセンセーって物知りだなあ」と騙されてくれればそれで良しなのか。
最近、小説は全然書いていないようだね。まさかあんな作品一作で満足しちまったわけではあるまいね。
『ベロ出しチョンマ』 斉藤隆介・滝平二郎 理論社 1967
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謎と論理と遊び心というblogに、その模様が詳細に載っている。いや、だからなに? と訊かれると大した話じゃないんだが。
北村「え~それでは定刻になりましたので、第9回本格ミステリ大賞、開票の方に移らせて頂きたいと思います。毎回の事になりますが、集まりました物をこちらで改めて確認いたしまして、こちら(スクリーン)に順次結果が出ていくようになります。一応すべての結果が出ましても、その段階でちょっと字数制限など(再度)確認を取りますので、結果が出て、確認を取ってから確定という形になります。はたして今回も力作揃いですが、どのような形になりますか、第9回の本格ミステリ大賞、この場に同席頂きまして、その瞬間を味わっていただければと思います。それではこれより開票に移らせていただきたいと思います」
投票箱が解錠され、中の投票用紙が次々と執行会議の面々(歌野晶午さん、東川篤哉さん、黒田研二さんなど)に渡されていきます。
綾辻「(黒田さんたちの方を見ながら)字数のチェックをしておりまして、それが廻ってきて・・・・・事務局長の特権で、開票結果を読み上げていきます。」
と言っている内に、早速最初の一枚が綾辻事務局長の手に渡されます。
綾辻「小説部門、藤岡真さんの投票です。造花の蜜」
あの……。
いや、だから記念すべき最初の一枚は、おいらの一票だったってことね。大分以前に書いたと思うけど、3月に引越しして、新しい住所と電話番号を事務局にメール送信したら、「本格ミステリー大賞選考に投票有難うございました」って返事が即行で返って来たんだよね。「ヲイヲイ大丈夫かよ、事務局」って書いた覚えがあるんだが、今回は締め切り前日に送付したのに、なんのリアクションもなかった。やっぱり3月のメールが投票と見做され、今回は「二重投票」扱いで失格なのかと心配していたんでほっといたしました。
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それなら、心置きなく
はてさて、唐沢が13日の裏モノ日記にこんなことを書いていた。
高見こころちゃん、芝居にハマってしまったらしくて、次回の公演にも出たいと言い出している。そう、芝居というのは稽古場の雰囲気とかに一旦なれると麻薬のようにハマりこむ。私もそれで、これはビョーキである。あまり経済状態とかということを考えるとお勧めは出来ないが、同病者として大いに理解は出来るのである。まあ、私の場合、転んでも……という感じでモトはとる参段はつけているが。
おお! 唐沢は自分の空手の段数を日記に書くようなメンタリティの人間だったようだ。しかし、参段なら、心置きなくぶん殴ることが出来る。イイコトを聞いた。
6時45分から通しを開始。自信を持って演じられるところと、そうでない部分あり。全部終って、ダメ出しかなり。“全くダメ”と指摘された人あり、ずっと稽古の初期のころから、この役は難しいなあと思っていた役なので、ちょっと可哀想に思うが、つかめない演技のスパイラルに入ったときの苦しさは、それこそ役者をやった人間でないとわからない。私も以前、某所でそのスパイラルにハマり、どうにも身動きがとれなくなったことがあったものだ。あのときの焦燥はいまだに思い出しては寒気がする。
イッセーの前説で、天才少年キャラが否定されたときのことだね。いつまでトラウマ引き摺ってんだか。まあ、夏コミで決定的なトラウマを経験するから、こんなもの忘れちまうだろうが。
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事実のみがもつ凄まじさ
久しぶりに本を読んで打ちのめされた。
凄まじい。この一言に尽きる。
ブラック・ダリア事件に関しては、ご存知の方も多いだろう。ジェームズ・エルロイの小説『ブラック・ダリア』がベストセラーになり、ブライアン・デ・パルマも映画化している。ロバート・デュバルとロバート・デニーロが兄弟を演じた地味な映画『告白』の冒頭に登場する、二つに切断された全裸の女性死体は、紛れもなくこの事件をもとにしたものだ。
エリザベス・ショートという女優志願の22歳の女が、無残な死体となってロサンゼルスの路肩で発見されたのは1947年1月15日のことだった。インターネットが発達した今日、この凄惨な現場写真はネットで簡単に見ることができるが、血液を抜かれ洗い晒された遺体は、マネキン人形みたいで現実感がない(だからといって、積極的にご覧になるよう勧めるつもりは毛頭ないが)。ブラック・ダリアは豊かな黒髪の、べス・ショートのニックネーム。もっとも、生前そう呼ばれていたわけではないようだ。
著者のスティーヴ・ホデルは有能な私立探偵。23年間ロス市警の刑事を務めた経歴を持つ。1999年、父、ジョージ・ホデルが91歳で亡くなり、その遺品の整理をしているところから、この衝撃のドキュメンタリーは始まるのだ。
この父親のジョージという人物が半端ではない。幼少時にはピアノ演奏で天才と言われ、訪米したセルゲイ・ラフマニノフもホデル家を訪れ、その演奏に耳を傾けた。7歳のときにはコンサートを開いている。IQは186でアインシュタインより1ポイント高かった。16歳で名門カリフォルニア工科大学に入学、なぜかすぐに中退して新聞記者となったかと思えばアナウンサー、またコピーライター、タクシードライバーを務めた後、カリフォルニア大学バークレー校の医学部に入学し医師となり、巨万の富を得る。陸軍に志願すれば中将まで出世し、ロサンゼルスのロイド・ライト(フランク・ロイド・ライトの息子)設計の城のような家に住み、マン・レイやジョン・ヒューストンらと交友する。因みにジョージの妻、つまり著者の母親はヒューストンの前妻だ。長身でハンサム。一部の隙もない紳士だった。小説の登場人物なら、余りに現実的でないという理由で、企画段階で没になるだろう。しかし、ジョージは実在した人物なのだ。
この“超人”ジョージの遺品の中に、スティーヴは信じられないものを発見する。数葉の女性の写真、妻と後妻、見知らぬ水着姿の美女、離婚した自分の妻……。
そして、ブラック・ダリアと思しき若い女性のヌード写真。
なぜ、そんなものが父の遺品に?
この後の怒涛の展開は、とてもじゃないが要約できない。ベテランの殺人課刑事だった経験を生かし、スティーヴは調査(捜査といった方がいいかも知れない)を進める。そして、次々に明らかになっていく真実。名士、ジョージ・ホデルの素顔。
ブラック・ダリア事件の犯人は確定していたのだ。しかし、それは、権力によって闇に葬られた。そして、ダリア事件の前後十年間に起こった猟奇殺人(いずれの被害者も女性)の犯人も恐らくは同一(2人の共犯)、その被害者の中には、ジェームズ・エルロイの母親、、ジニーヴァ・ヒリカー・エルロイもふくまれていた。
凄まじい。これは本当に実話なのか?
騙されまいぞと思いながら読んでいても、どんどん引き込まれてしまう。物的証拠も数々出てきて、そんな都合よくと思わないでもないが、著者の精緻な論理には頷かざるを得ない。
誰が犯人なのか、ここでは書かない。ミステリではないが、そこから得られる衝撃は本書を紐解く人間の特権だろうから。
ネットでパクった記事で、猟奇犯罪がどーのこーのと書く馬鹿と、比べちゃ失礼だが、月とすっぽん、三ツ星フルコースと残飯くらいの違いはある。
こんなすごい本、なんで、発売時にチェック出来なかったのだろうか。不思議だ。


『ブラック・ダリアの真実』スティーヴ・ホデル 東理夫訳
早川文庫 2006
※訳者の東理夫はザ・ナターシャー・セブンのメンバーでもあった人。東雅夫ではない。amazonのカスタマーレビューでは東峰夫と間違えている奴もいたし。
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なをき先生に告ぐ

とり・みきは、自己の著作『とり・みきの大雑貨事典』に、こんなことを書いている。
私も彼(引用者註:唐沢なをき)も漫画家の友人は少ない。私など、その少ない漫画家の知り合い(唐沢なをきも含め)とも、せいぜい年に一度会うか会わないかのつきあいだ。だからこの場を借りていっておこう。唐沢君、私個人は実をいうと「唐沢商会」名義より「唐沢なをき」の漫画が好きであります。(太字は引用者)
パチパチパチパチ。
う~む。とり・みきもそう思うのだよなあ。
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以前紹介した、唐沢俊一の著作『トンデモ美少年の世界』。この本には実は他にも色々気になるところがあるのだが、その最たるものは、「超訳・根南志具佐」と題された一章である。平賀源内の「根南志具佐」を唐沢が現代語訳したという触れ込みのものだが、一昨年から唐沢俊一の検証をしている側から言わせて貰えば、唐沢にはそんなことが出来る能力はない。ネットの絶版本の復刊を願う声の中に、『トンデモ美少年の世界』をこの「超訳・根南志具佐」が読みたいがために復刊してくれというものもあり、この文章、どこからパクッてきたものか徹底的に調べたいところだが、サラリーマンをやりながらでは、さすがにそこまでの時間はない。夏休みにでもトライしてみようかしら。
で、今回検証するのは、「ホームズ物語の暗喩」という章立ての文章である。前述したように、初出は『JUNE』(マガジン・マガジン)という雑誌。唐沢は美少年系耽美雑誌と形容しているが、まあ、ホモ向けの雑誌女性向けのホモの雑誌でありますな。
そう書けば、もう先は想像出来るだろう。唐沢は、ホームズとワトソンという男同士の関係について“耽美”の立場から語るのである。もっとも、唐沢は、冒頭で、原作には、二人の関係に関して同性愛的な要素なんかないと結論してしまう。その理由は、コナン・ドイルという人物が――
どうしようもないくらいカチカチのモラリストでクリスチャンで愛国者であって、自分の小説の登場人物にそのような性癖を持たせることなど絶対にありえない人物であった。~中略~日本でいえば夏目漱石などもそうだが、面白い小説を書く作家自身が面白い人物である率は案外低いものなのである。
「性癖」とは、悪い意味で使われることが多い言葉だが(盗癖、虚言癖etc → 唐沢ではないか!)、「性的な癖」のことを指すわけではない。こうした誤用は「トンデモない一行知識の世界 OLD」でも指摘されている。キリスト教は同性愛を禁じているが、世界中のクリスチャンの中に同性愛者がいないなんて、まさか考えちゃいないだろうな。愛国者に至っては、なんでここに出てくるのすら分からない。再三再四に亘って、唐沢から「同性愛者」と決め付けられた三島由紀夫の立場はどうなるのか。そして、わざわざ夏目漱石なんてビッグネームを出してこなくても、面白くもなんともない『血で描く』という小説を上梓した作家が、頗るつきに面白い人物で、ネット上にも検証サイトがいくつも立ち上がっているという好例があるじゃないか(もっともこの本は盗作が露見する以前のものだけど)。
どちらにせよ、ホームズとワトソンの関係を検証したものは、やおい本から、シャーロキアンによる真面目なものまで、昔から沢山あるのだから、唐沢なんて出る幕がないのである。そうして、この男が徹底的に駄目なことは、次の一文が証明している。
まだ文化人たちが同性愛という言葉を口にすることがはばかられた時代には、その友情を説明するために。
「ワトソンは女性であった」
という珍説を立てた研究家さえあったほどだ。ホモ、と言ってしまえばずっと簡単なのに、苦労してたんですね。
馬鹿じゃなかろか。いや、馬鹿なんだけどさ。野暮を承知で書かせていただけるなら、そもそも、シャーロキアンたちの研究それ自体、壮大な洒落なんである。だからこそ、真剣に検証を重ねて、大真面目に語るのだ。この馬鹿は「ワトソンは女性であった」という珍説は、苦肉の策だと思っていやがる(「ホームズは女性であった」なんて説もあるんだけど)。野暮の骨頂だよ、田舎モン!
それにしても似非シャーロキアンてのは糞のような人間ばかりだな。
※ 「JUNE」に関して間違った記述をしてしまったので、訂正しました。