このページでは、ミステリ作家の視点から、書籍、映画、ゲームなど色々な「表現」について評論したいと思います。
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ゾッとするね。
東京と静岡を行ったり来たり。今月はこんなことで過ぎるのであります(多分)。
東京行きに乗って、うとうとしていて、三島の手前でふと目を覚ましたら―

ええ!? あんなところに、あんな高い山あった? あそこは海のはずだし。と思ったら、駿河湾の向こうの伊豆半島が、こんなにはっきりと見えているのね。突然強大な山が出現したようで、思わず、ぞっといたしました。
気象庁始まって以来の大雨だったらしいが、丁度、雨雲の無いところ無いところと移動していたようで、全然雨に逢いません。

東京駅に到着。
ホテル メトロポリタン丸の内27Fのレストラン&バー「TENQOO」からの眺望。
「TENQOO」のバーテンダーは、かつての東京ステーションホテルのバー「カメリア」のバーテンダーだった杉本寿氏(拙著『ギブソン』の献辞参照)。
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こんな記事を見つけてしまった。
行く先々で「X-JAPAN」のおかげで、巨人戦が神宮に飛ばされてしまったと愚痴り、3連敗の憂き目も加算されてX-JAPANの悪口を言いまくってきたのであるが、なんと上の記事によれば、昨今は、「2年前の成績で開幕戦を組んでいる」のだとか。
久しぶりの優勝で、「よし、来年はドームで開幕戦だ!」と思い込んでおりました。
2006年。中日、阪神、ヤクルト、巨人、広島、横浜
あーあ、恥ずかしい! ホントさらし者だよなあ。
雑記様。メールがチェック出来ないだけで、更新は可能です。
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帰任のため、家探しでばたばたしております。このサイト宛のメールにも、今週中は返事が書けません。ごめんなさい(東京の家のPCから書いてます)。
JASRACの担当者からTEL。しかるべき処置をとるとのこと。2007年だけで十数か所抵触しているとのこと。
しかしまあ。ペナントレースの覇者読売ジャイアンツの開幕戦が、Xジャパンにドーム飛ばされ、神宮で連敗して(ラミレスがエラーして、グライシンガーがKOでヤクルトファン大喜び)、十年前だったら暴動が起こっていたよなあ。
サッカーもばたばたしてるし。
気を取り直し、不動産広告で眼を付けておいた某新築住宅を見に行った。駅から徒歩10分という至便。しかし、まあ、百聞は一見にしかずかと。
車を駐車場に放り込み、地図を頼りに目的地に向かえば、道はいよいよ狭くなり、一通でもないのに、ここで車すれ違えるんかといぶかしみつつ、ふと見上げた頭上にはびっしりと電線が。そして、おお! 向かいに聳える高圧線鉄塔。さらにその根元に眼をやれば、弁当箱を立てたような建造物が塔に寄りかかるように建っていた。
涙さしぐみ、かえりきぬ。
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わたしはたった一度だけ石ノ森章太郎に会ったことがある。
石ノ森章太郎を最初に読んだのがいつなのかは思い出せない。確実なのは、少年マガジンの『にいちゃん戦車』(1962 少年マガジン)だが、既に石ノ森(当時は石森)の存在は意識していた記憶がある。「この人のマンガは中途半端なところで終わる」というのが妙に気になっていて(『にいちゃん戦車』もそんな終わり方だった)、そのことはわたし的には「フランス映画的」ということで、子供ながらにも高く評価していたのだ。
その後わたしの中で石ノ森に対する評価は、鰻上りになっていった。『サイボーグ009』でそれは頂点に達した。003:フランソワーズ・アルヌール(なんという大胆なネーミング)には文字通り萌えでありました。
にも係わらず、それから石ノ森の評価はじわじわ下落していく。その最大の原因は剽窃である。SF、洋画からのものも多かったが、1967年少年マガジンに掲載された『そして…だれもいなくなった』という実験的なマンガ(タイトルがそもそもクリスティだし)の中のスパイ物のエピソードが、数週間前に放映された東西スパイ戦を描いたTV番組そのまんまで、呆れ果てた記憶がある。『ジュン』(1970)は素晴らしいと思ったが、『馬がゆく!』(1973)での盗作が新聞で大きく報道されたときには、すっかり石ノ森を見限っていた。
一つには、バロン・吉元、モンキー・パンチという新たな才能に触れたこと、マンガより映画や小説にに興味を魅かれるようになったことが理由だろう。
そして―
十数年前のことである。妻と二人の子供を連れて、わたしは軽井沢の別荘で、夏を過ごしていた。バルコニーから辛うじて見える隣の別荘の門に、「小野寺」という表札が掲げられているのを見つけたのは、息子と散歩に出たときのことだった。見れば、もじゃもじゃ頭に大きな眼鏡という風貌の中年男が、近くを散策していた。
「おい、見てみろよ」わたしは子供の言った。「あそこにいるのは、仮面ライダーを描いた石ノ森章太郎先生だぞ」
「ホント!?」
息子は目を輝かせた。
「ああ、本当だ。先生に『仮面ライダーはバッタなんですか?』って訊いてみてごらん」
わたしが言い終わらぬうちに、息子は捕虫網を担いで駆け出していった。
「ねえ、先生! 仮面ライダーってバッタなの?」
「ああ、そうだよ。よく知ってるねえ」
石ノ森章太郎はもう何千回、何万回と子供からそう問われてきたのだろうが、気さくに笑顔を浮べて答えてくれた。
「あら、翔ちゃんはなにしてるの?」
と、背後から話しかけてきたのは義母であった(因みに、女房の実家の別荘であり、息子は翔太郎という名前なのだ)。わたしは、かの人物が石ノ森章太郎であり、仮面ライダーはバッタであるという説明をした。
わたしが言い終わらぬうちに、義母は駆け出していった。
「先生! ウルトラマンってバッタなんですか?」
いきなり義母にそう訊かれて、苦笑している石ノ森と目が合い、目礼した。
「お父さん! 仮面ライダーってバッタなんだって!」
と満面に笑みを浮かべて帰ってきた息子の顔と、苦笑しながら嬉しそうだった石ノ森の顔を今でも克明に覚えている。
その後、息子と娘に色紙と花火をプレゼントして下さった。
わたしが軽井沢の別荘を訪れたのはそれが最後(親子孫水入らずに闖入したくなかった)で、その数年後に石ノ森は亡くなった。だから、それが最初で最後の出会いだった。
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六時起床。冷凍しておいた鰤ちゃんこを解凍して朝食。鰤、つくね、浅利の剥き身、油揚げ、わけぎ、ぶなしめじ、えのきたけ、エリンギ。ポン酢で食す。ご飯一膳。カゴメ野菜ジュース。
書庫の本が増えすぎ、今の家には入りきらないので、新しい家を探さねばならない。赤坂サカスには5月の連休明けに移転らしい(まだ正式なスケジュールが出ていない)ので、時間がないよねえ。去年のうちに内示でももらっていれば、余裕だったのに。
CM制作会社、音楽制作会社にも帰任(出向だったので)の連絡をするが、なんせ数が多くて。そんな中、すっかり忘れていた日本広告音楽制作者連盟の理事長、(株)ジャンク代表の渡部氏にもご報告。また一緒に仕事できるねと喜び合った後、例の件を思い出して―
「渡部ちゃん、JASRACに顔効く?」
「おう、なんだい? 何でも言ってくれよ。だいたい、今、JASRACで打ち合わせして戻ってきたところだし」
ということなので、サイトの日記や、ロフトのイベントで著作権を侵害しまくっている馬鹿について教えてやった。
さて、どうなることやら。
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達人が語る人生の機微

盗作家・唐沢俊一の日記をチェックしている今日この頃ではあるが、その稚拙さ下らなさ詰まらなさに辟易していたところで、本書を手に取った。「なにを作って食べ」「誰と会い」「どんな映画を見て」「どんな店で食事をした」日記の内容だから、そこで語られることはよく似ているが、まあ、池波正太郎が語る世界のなんと魅力的で素晴らしいことだろう。
己がプロデュースする三流劇団の芝居に客演したことを得々語る、唐沢。新国劇の行く末を案じ、緒形拳の客演を目論む池波。オノ、マド、バーバラ、植木不等式との交流を自慢する唐沢。文豪とも言うべき作家たちとの交流を淡々と語る、池波。DVDの粗筋をだらだらと書きなぐる、唐沢。鋭い指摘と、大いなる愛情を以って映画を語る、池波。
はい。
こんな比較をすること自体、間違ったことだとは重々承知ながら書かずにはいられない。
もはや腐臭漂う唐沢の日記をウォッチするのは、当分止めておこうかしら。なんか体に悪そうだ。
池波正太郎エッセイ・シリーズ5『芝居と映画と人生と』。中には、今のわたしより若いときに書いた文章も含まれている。嗚呼、なんと大人な のだろう。
腐った文章を読み続け、吐き気を堪えていたわたしにとって、本書は最良の一服の清涼剤であります。
『芝居と映画と人生と』 池波正太郎 朝日文庫 2008
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3月16日のエントリに対して、ファンの方(メールには氏名が記載されていたけど、私信なので匿名にさせていただきます)からメールを頂戴した。実に明快で精緻な分析をして下さった。ちょっと長めだけど、引用してみますね。
東経138.5度、北緯35度における3月15日17時半と20時の月の地平高度を、以下のホームページを利用して計算しました。
その結果、17時半は72度、20時は73度となりました。その差はわずか1度です。すなわち、月の地平高度はこの二つの時刻ではほとんど差がなかったことになります。(見える方位は異なる(17時半は東南東、20時は西南西です)けれど、見上げる高さは変わらない、ということになります。)
では、地平高度73度を天頂付近と感じたのはなぜか、ですが、これはヒトの目の性質に起因します。ヒトの目は、地平線に近いほど角度の差を大きく感じる性質があります。日没間近の太陽は、中空にあるときと比較して大きく感じますよね。ちなみに、手を伸ばして握ったこぶし一つが約15度と言われますので、ご覧になった月は天頂からこぶし一つ分低いあたりにあったことになります。しかし、地平線付近と違って、周囲に物差しとなるようなものがないことから、天頂付近と感じられたのではないでしょうか。
夢のない推測で申し訳ありませんが、このような理由で、2時間半近くの時間の相違にも関わらず、月が同じ天頂付近に見える錯覚が起こったのだと思われます。
いいですねえ。提示した“謎”に対して、見事な答になんています。ミステリもかくありたいと思いました。
ありがとうございます。
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アーサー・C・クラーク氏死去

『2001年宇宙の旅』という映画を見なかったら、一生SFとは縁がなかったろう。SFは何でもアリの世界だから、そうした設定で書かれた小説が面白いはずがない。本気でそう思っていた。子供のころ『失われた世界』『地底探検』『透明人間』『タイムマシン』『ジップジップと空飛ぶ円盤』なんて読んでいたくせに。
映画館で『美しき青きドナウ』に乗って、延々と続くエンドロールを見ながら呆然としていたのは、高校三年生のわたしだった。受験に失敗して(わざとじゃないよ)、予備校に通いながら、『2001年宇宙の旅』がかかっている映画館を捜し出してはせっせと足を運んだ。ビデオもDVDもない時代である(因みに『2001年宇宙の旅』のβビデオを買ったのはその十年後、翻訳スーパーも入っていない英語版で二万五千円くらいしたと思う。今持っているDVDは五百円)、結局劇場で32回見た。これは『007危機一発』に続く記録だ。むろん原作も読み、多感な青年(わたしね)は、すっかりクラークにはまってしまった。
『火星の砂』『銀河帝国の崩壊』『地球光』『海底牧場』『都市と星』そして、『幼年期の終わり』。 圧倒された。今までSFを軽んじていたことを恥じた。やがて、ハインラインを知り、クラークとは別の血湧き肉躍るSFの存在を知る。
あらゆる意味で『幼年期の終わり』はショックだった。70年安保前夜。政治が街を席巻していた。ベトナム戦争は泥沼化し、東大の入試は中止になり、東西対抗の構造は如何ともしがたいものに思えた。こんなとき、天空をUFOが覆ったら。それも『ID4』みたいなちゃちな宇宙人が乗っていないUFOが―
思いもよらぬ展開、そして、衝撃の真実。苦いが希望のカケラは残るラスト。
クラークはその後も傑作を数々上梓したけど、わたしにとって、最高傑作はやはり、この『幼年期の終わり』なのである。
2008年3月18日、アーサー・C・クラーク死去。享年90。そして、人類の『幼年期』は、未だ全然終わっていない。
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わたしのWikipediaの「唐沢俊一の盗作」に関する事実を勝手に削除したNewtypeという人物が唐沢俊一Wikipediaでも滅茶苦茶なことをやっている。一言諌めたら「本人かどうか分からんから、サイトになにか書け」と返してきた。それが面倒だから、会社のCPから書いたのに、この人物、わたしの勤務先を曝すことがわたしにとってダメージになるとでも思ったらしく、社名を書いてきた。著作の著者の略歴にも書いてあるんだけどね。
そもそもNewtypeなんて名乗っておいて、他人には身分を証明せよという態度も怪しからんものがある。なにをやっても世間で相手にされない人間が、やっとWikipediaの改竄という生甲斐を見出したのだろうが、見っともないだけだからおよしなさいと言っておこう。
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小島一志という無礼極まりない卑劣漢のことは以前書いた。以下再録
空手関連の文章を書くために、ネットであれこれ検索していたら、呆れ果てたる文章を発見した。以前紹介した『大山倍達正伝』の著者、小島一志のブログに書かれた文章である。
拳道会中村日出夫総師の「垂木斬り」という試割りの神髄ともいうべき技に対する質問に答えたものだが、その一部を引用する。
私は中村氏の垂木折りなどの演武が不思議でした。記者として会場の真前で見ていたのですが、割れる際の音も変だし、納得いかない思いをしました。そこで私は、中村氏が垂木を割った後、即座に弟子達が破片を片付けてしまうのですが、その隙を突いて1番大きな破片をバッグに押し込み、帰りました。会社でそれを見てみたら…驚!
これ以上はノーコメントです。鍛練さんだけでなく皆さんに分かって欲しいのは、中村氏や拳道会はアンタッチャブルなんです。(註、鍛錬さん:質問者のHN)
なんというあざとい文章だろう。なにか不正が行われていることを仄めかすような書き方。いや、実際「…驚!」が不正を示すなら、堂々とそれを暴けばいいではないか。抗議されたときのために、思い切り逃げ道をこしらえているのだろう。「いや、あまりの素晴らしさに驚いたと言いたかったのですが、なにか?」
実際、上の文章にはなんの内容もない。その空疎さを「アンタッチャブル」なんて言葉でごまかす。このブログには拳道会に対する中傷と思わせるようなあざとい文章や、大気拳の沢井健一師範を誹謗しているととられるように誘導するあざとい文章が多々見られる。
さて、この卑劣漢が、この度(3月18日)、新潮社から『芦原英幸伝 我が父、その魂』なる書を上梓した(書影)。共著者の芦原英典氏は芦原英幸氏のご子息で、現芦原会館の館長でもある。
ところが、発売の直前にトラブルが発生した。
芦原会館ホームページ
この度、新潮社から芦原英典・小島一志の名前で単行本「芦原英幸伝 我が父、その魂」が出版されることになっております。この本の中に記載されている特定の団体の名称及び個人名を使用したエピソードに於いてインタビュー・取材時には無かった内容があたかも芦原英典本人が語ったかのように書かれております。この点について新潮社と小島氏に連絡をとったところ「この本の内容についての責任は全て新潮社と小島氏が持つ」との回答でした。上記の様な事情のため当芦原会館と致しましては、この本の内容に関してのお問い合わせ、ご意見等に対しましてはお答え致しかねますのでご理解の程宜しく御願い申し上げます。
新国際空手道連盟 芦原会館
卑劣漢の名に相応しい卑劣ことをやったようだ。『芦原英幸伝 我が父、その魂』と題して、ご子息が発言してもいないことを勝手に書き、それに対するクレームには、責任は持つとの回答。さて、どんな責任の取り方をするのか。
不正をし、それを誤魔化していても、いつかは天誅が下る。
あの人にもそう言っておこう。